lucis lacrima - 春祭7

 返事を受けて、シラナギはクロエに視線を戻すと、暫く眺めた後、彼を起こすことなくルグスを見た。

「体調が優れないと言っておけ」

「は?」

「体調を崩したんで、警備は休む、と言ったんだ」

「ちょっと……」

「あぁ、それ良いね。

 俺が証人になったげるよ」

 満面の笑みで、クロエが……否、彼の双子の片割れが同意する。

 その隣で、大柄な金髪の男が呆れたように首を左右に振った。

「……まさか、シラナギ隊長からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ」

 肩を落としたルグスは、苦笑いを浮かべて彼の上官を見る。

 正直、こんなに気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは気が引けた。そういう意味では、ありがたい提案である。

「了解。隊長の分まで、しっかり警備させていただきますよ」

 ルグスはクロエの寝顔をもう一度だけ見ると、立ち上がった。

「隊長を頼みます……けど、変なことはしないで下さいよ」

「判っている」

 本当だろうか。僅かな疑いを持ちつつ、彼の誠実な性格を信用して、ルグスはそれ以上突っ込まなかった。

 変わりに、空を仰ぐ。

 沈んだ太陽の輝きは、赤から黒へと変わりつつある。

 それを確認すると、ルグスはシラナギを見た。

「僕はもう行きます」

「あぁ」

 それじゃぁ、とルグスはクロエと瓜二つの神官とその護衛らしき男に頭を下げて、丘を駆け下り街へと消えていった。

 シラナギはそれを見送り、自身もクロエを起こさないようそっと立ち上がってその華奢な体を抱き上げた。

「俺達もそろそろ官舎に戻る。風邪を引くといけないからな」

「はーい。クロエをお願いしまーす」

 にっこり微笑んだハクビは、シラナギに手を振る。

「楽しい酒だったよ、ありがとう」

「いや。こちらこそ、ご馳走になった」

 ハクビに礼を残し、フェイにも会釈を見せてシラナギは街へと足を向ける。

 ハクビ達はそれを追うことなく、町へ消えていく彼らを見送った。



 街には、夜の帳が下りると共に、祭の明かりがポツポツと輝きだしていた。


  
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