lucis lacrima - 春祭9

 寒さだけではない何かに敏感に背筋を震わせながら、ハクビは更に舌を回す。

「露出狂……っ、……早漏!」

「てめー、いい加減にしろよ、ハクビ!」

 男として聞き捨てなら無い言葉が耳に入ったフェイは、とうとう顔を上げてハクビを睨みつける。

 しかし、向けられた若い神官の表情に一気に毒素を抜かれて溜息を吐いた。

 不安げな顔。よく見れば、恐怖からだろう、目が潤んでいる気がする。

「怖いのか」

「べ、別に!」

 叫ぶような返事。だが、震える声が、問いを肯定している。

 何をそんなに怯えているのか。

「大丈夫だって。近くに誰もいねぇし、暗くてお前だってバレやしねぇよ。
 俺しかいねぇ」

「……ホントに?」

 子供のような口調で、食いつくように確認してくる言葉に、フェイは慈愛の笑みを浮かべる。

 このギャップについつい、絆されてしまう。守ってやりたくなる。

 一時だけの享楽的な関係だというのに、ヤバイ位嵌りそうになる。

 同時に、自分の考えが正しかった事に妙な会心にも似た喜びを覚える。やはり、それを恐怖していたのか、と。

 二人がこんな関係を持った切っ掛けも、誰かが混入した媚薬をハクビが摂取したからだ。

 競争の激しい神宮での地位は、小さなスキャンダルで簡単に蹴落とされる。地位に固執しているわけではないだろうが、それでも厄介ごとは少ないに越した事は無い。

 既に祭に参加するという、他の神官から見れば当たり前の、だが普段とは違う行動に無意識に怯えていたのだろう。

 張られていた緊張の糸が、切れそうになったに違いない。

「安心しろ。ホントだ」

 多分。という言葉を飲み込んで、フェイは安心させるように笑ってやる。

 肩の力が抜けた体を、彼の節くれ立った掌が撫でる。

 少し熱を帯び始めた体の感触が心地よくて、その先にある熱を思い出させて、フェイの芯に火が灯る。

「もう、いいな?」

「……ん、……」

 問いかけに躊躇い無く頷くハクビ。

 口付けを交わしながら、軽く衣服を寛げたフェイの上半身と露わになったハクビの上半身が重なった。


  
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