魔王と救世主 - 1-2
絶望に捕らわれた青年は、逃げることをやめ、漸く鎮火した村に足を踏み入れました。
しかし、彼の声に返事を返すものは誰一人としていません。
夜の静かな闇の中、黒く焼け焦げた村の土を一歩踏み歩くごとに、青年の中に、暗い火が灯ります。
まだ熱の残る煤けた空気を吸いながら、青年は一歩一歩、村の中心にあった自分の家に向かいます。
完全に焼け落ちた家には、誰も立ってはいませんでした。
黒い柱が何本も傾いて地面に突き刺さり、黒い灰が地面に降り積もっているだけです。
青年が灰を掻き分けると、黒い剣が一本、地面に刺さっているのを見つけました。
青年はそれを見て、父の言葉を思い出しました。
『何があっても、その剣だけは抜いてはいけない』
しかし、青年には、武器が必要でした。
この村を滅ぼした、悪を断ち切るための剣が。
青年は剣を手にしました。
不思議なことに、幼い頃どんなに試しても、地面に刺さったまま決して抜けなかった剣は、いとも簡単に抜けてしまいました。
そして、その剣は、火の中にあっても傷一つつかず、月の光を反射して、黒く艶やかな輝きを放っていました。
青年は嗤いました。
これは、きっと、自分に仇を討てと言っているのだと。
黒く光る剣は、青年に力を与えました。
剣が血を吸う度に、体中に力が沸く様な気がしました。
青年は嗤いました。
たった一人で国を切り捨て、流された血を吸って黒く変色した屍の城を我が物として。
青年は嗤いました。
餌を求めてやってきた魔物たちに傅かれ、王の椅子にその身を預けて。
魔王は、かつての非力な人間だった己を、嗤いました。
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