魔王と救世主 - 1-4

 街は、活気に溢れていた。

 市場には果物や日用品等の一般的なものから、栄養剤や魔法アイテムといった旅の為の品、果ては魔王城をモデルにしたお土産品まで溢れている。
 行き交う人 間も様々で、剣を携えた男女や、アイテムをぶら下げた魔法使い、いかにも観光客といった感じの小奇麗な人々等、世界中から人々が集まった人種の坩堝のよう だ。

 憎むべき魔王ですら商品にしてしまう人間の逞しさに、感心と呆れの両方を感じつつ、大男は青年を見下ろした。

「とりあえず、宿ですね」

「あぁ」

 街を歩いていると、とにかくすれ違う人間が青年に注目してくる。男は落胆や時々値踏みするような視線を、女性は羨望の眼差しを。

 慣れている彼らは一々反応しないが、言葉を交わす人間は放っておいてはくれない。

 安そうな宿を見つけて入ると、壮年の宿主に興味津々に声を掛けられた。

「綺麗なお兄さんだね、神父様かい?」

「そうなんです。魔法の心得がありまして」

 無言で答えない青年を庇うように、男が口を挟む。これも、慣れたやり取りだ。

 無愛想で返答のない綺麗な青年にがっかりしつつ、宿主は男と会話を始める。

 体格の良い男に臆せず会話を向ける宿主は、猛者とのやり取りに慣れていそうだ。その証拠に、受付のある一階の食堂には、勇者と思しき逞しい男達が溢れていた。

「そう言うアンタさんは、勇者のようだね」

 そうです、と答える男に、宿主は眉を寄せる。

「ということは、魔王目当てかい?」

「はい」

 男の即答に、宿主は溜息をついた。

「ウチもこの店やって長いし……何人も送り出してきたけど、帰ってきた人間は一人も居ないよ。救世主様とか名乗る客も居たけどねぇ」

「噂には聞いています」

 魔王城に向かったものは誰一人として戻ってこない。

 もう、300年以上語り継がれている逸話だ。

「お兄さんまだ若いし、何よりこんな別嬪さんだ。魔王にくれてやるのは、本当勿体無いよ」

 うちで働かないかい?と冗談か本気か判らない誘いをかける宿主に、問われた青年ではなく、勇者の方が曖昧に笑って断った。

「無理ですよ。この方は、魔王を倒すためだけに生きていらっしゃるので」

「そうかい……何があったかは聞かんがねぇ……」

 勿体無い。もう一度呟いて、宿主は帳簿に二人の名前を書き、鍵を渡す。

「貴重品は自分で管理しとくれよ。部屋は3階の奥から二番目。番号が書いてあるからすぐ判るさ」

「ありがとうございます」

 行きましょう、と男に促されるまま、結局一言も発しなかった銀髪の青年は足を踏み出す。

 ゆっくりしていきな、と未だ名残惜しげな宿主の視線には一度も答えず、青年は規則的に足を動かして与えられた部屋へと向かった。


  
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