魔王と救世主 - 1-6

 青年が目を覚ますと、部屋は真っ暗だった。

 闇夜に慣れた目で、微かな光を頼りに周囲を見回せば、隣のベッドにこんもりとした山を見つける。

 勇者はいつの間にか帰ってきて、既に眠ってしまっていたらしい。

 明かりの絞られたライトの下には、布で覆われた皿が置いてある。布を取れば、その下から肉と野菜を挟んだパンとピッチャーに入れられた水が現れた。

 言わずと知れた、男が用意した青年の食事だ。

「……」

 彼は、空腹を訴える体にそれらを補給する。

 水は伏せられたコップを取って注ぎ、口につける。パンを小さく齧ると、よく咀嚼した。

 お世辞にも美味しいとは言えない……が、味など二の次だ。

 食べられれば、それでいい。空腹が満たされ、体の栄養になるのであれば、それでいい。

 時間の経ったパンが固かろうが、肉が硬かろうが、野菜が撓っていようが、水が温かろうが全く関係なかった。

 ただ、硬いと食べるのに時間がかかるだけだ。急いで食べれば、胃に負担がかかる。

 体が資本の勇者家業で、少しでも体に不調を作るのは命取りだ。


 自分はまだ、死ねない。


 青年は、無言で食事をしながら窓の方を見る。

 閉められて外は見えないが、その向こうには星空が広がっているのだろうか。

 風景は想像できるが、だからといって何か感慨があるわけでもない。ただ、そこにある事実として過去に見た光景と結びつけて思い起こすだけだ。

 そして、思考は直に別の事へと移動する。


 先程見た夢の事、自分の存在価値。


 自分は救世主として、使命を全うしなければ、死ぬことは出来ない。許されない。

 もうすぐ、その使命は果たされる。


 だが、彼が思うのはそこまでだ。

 使命……魔王を倒した後、自分はどうするのかという所まで、彼の思考は至らない。

 想像するという概念すら、彼にはない。


 そして、此処に至るまでの長い過程に対する感慨すら、彼にはなかった。


 ただ、無表情に、彼は窓の向こうに広がる自分の世界を、その赤い瞳に映していた。


  
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