魔王と救世主 - 1-7

 魔王は暇を持て余していた。

 王の椅子に足を組んで座り、肘掛に頬杖をつく。
 年は26、7だろうか。その姿は、どう見ても普通の人間だ。若い、金色の髪を持つ見目の良い青年。
 そして、彼は宝石のような真紅の瞳に、物憂げな色を乗せて、目の前の老人を映す。

 老人といっても、こちらは誰が見てもそれと判る魔物だ。耳は鋭く尖り、皺の刻まれた薄い唇からは長い牙がはみ出している。
 そして、その曲がった背には、人間にはありえない棘のような物が背骨に沿って何本も生えていた。

 この魔物は今、報告会と称した、3日に一度の定時連絡を魔王に伝えていた。

「近隣に、救世主ないし勇者を名乗る人間が出現したとのことです」

「そうか」

 どうでもいい、といった感じで、魔王は欠伸をかみ殺し、生返事を返す。
 事実、どうでもよかった。そんなことよりも、さっさとこの報告を終わらせて、城の外へ出かける事ばかりを考えている。

 そんな魔王の態度を、いつもの事、といちいち突っ込むこともせず、老いた魔物は言葉を続ける。

「既に森へ入ったのが2名、街に滞在しているのが3名だそうです」

「……へー」

 救世主など、この世界にゴロゴロしている。勇者はその何十倍だ。

 彼が即位してから幾百年もの間に、屠ってきた人間の数は、万では足りないだろう。

 魔物に対する対抗手段を持たない小さな村々では、魔物を倒せば簡単に救世主と崇められる。たとえそれが弱い魔物であろうと、だ。
 そうして、勘違いした輩が、救世主を名乗って魔王に戦いを挑んでくるのだ。『伝説の救世主の剣』を手にして。

 彼は、己の腰に差した相棒を見下ろす。

 今はただ静かにそこにある、漆黒の剣。この魔王の剣が実在するのだ、その救世主の剣が存在するのは間違いないだろう。
 だが、今でこそ魔王の剣はこれ一本だが、嘗ては複製や偽物も多くあった。当然、救世主の剣も複数存在し、どれが本物なのか、誰も判らなくなっているのが現状だ。

「いかがなさいますか?」

 少し強めの口調で問われた魔王は、意識を魔物に戻し、跳ね気味の金色の髪を無造作に掻いてぼやいた。

「いかがも何も、朔月まで放っておけばいいだろう」

 どうせ、後半月もすれば朔月……新月の夜がやってくる。否が応でも人間を狩るのだし、魔王が直接手を下さずとも、興奮した魔物共が勝手に食い散らかしてくれる。

 というか、正直、手を下すのがめんどくさい。

「了解いたしました。とりあえず、このまま監視は続けさせましょう。お暇があるのなら、せめて顔位は確認することをお勧めいたしますぞ」

 いつも通りの小言に、魔王は再び欠伸をかみ殺すだけで、何も答えなかった。


 いつも通りだ。

 救世主が、現れることも。

 救世主を、倒すことも。

 自分が、此処に居座り続けることも。


 魔王は、冷めた目で広い大広間を見る。

 屯する魔物。

 皆、魔王の殺した人間のおこぼれに与ろうと集まってきた。

 知識の高いものは、魔王に媚びて、良い餌を手に入れようと奮闘する。

 目の前の老いた魔物のように。

 自分の世話をする、下人のような魔物たちのように。

 人間に良く似た組織を築いていても、所詮は魔物。人間とは違い、きっちりとした見返りを求める。

 そして、無用な殺しは好まない。

 勿論、人間狩りに魅力を覚える魔物は居るらしいが、そういうやつらは決まって、他の魔物たちに敬遠され、場合によっては共食いの対象にされた。

 そういう意味では、人間のように領土や地位や名誉を求めない分、動物に近いのかもしれない。


 魔王は、己の思考を嘲笑する。

 人間と魔物を比べることなど、何の意味もない。

 自分は人間ではない。

 魔物だ。



 魔物、なのだ。


  →
 第二章へ
 戻る