魔王と救世主 - 2-1
偶然だった。
結局長引いた報告会で城に軟禁され、溜まった不満に夜になっても寝付けず。仕方なく、いつものように城から抜け出し、動物狩りでもしようと森に降りた魔王が。
街を出発して最初の野宿で、疲れきって火の傍で眠り込んだ美しい青年を見つけたのは。
真夜中の森で、一人ふらふらと動物を探して歩いていた魔王は、火の気配を感じてそっと近づいた。
昼間、口うるさい老いた魔族に言われたことをふと思い出し、たまには顔を見てやろうと、偵察のつもりで近づいたのだ。
殺すつもりはなかった。いずれ倒すべきと判っていても、朔月以外に人間狩りをすることを、この魔王は酷く拒んでいる。
勿論、向かってくるものに容赦はしないが。
「…………」
気配を消し、土を踏まずに歩くことなど、魔王には造作もない。
そうして、木の陰から、そっと焚き火の方を覗き込む。
闇を裂く炎の明かりのお陰で、人間一行の顔はよく見えた。
いかにも勇者といった体格、顔立ちの大男。火の番を任されているのだろう。時折小枝を折ってくべている。
そして、もう一人は、男の傍で毛布に包まって横になっていた。
すっかり熟睡した様子のその顔は、どこかあどけなく愛らしい。毛布の隙間から流れる銀糸は火に輝いて美しく、まるで良い技師が作った人形のように見えた。
魔王は更に目を凝らして、青年を観察する。年は20を過ぎたばかりだろう。まだ若い。
剣士には見えないが、魔法を使うのだろうか。毛布の下の服装は見えないが、細身であることは容易に知れた。
美しい。
このまま、朔月に狩ってしまうのは勿体無い。
暫く青年の顔を観察した後、魔王は来た時同様、音もなくその場を離れた。
そして、そのまま自分の城へと魔法で移動する。
もう、森に来た当初の目的など、どうでもよくなっていた。
あの青年が欲しい。
久々の心躍る獲物に唇を歪め、魔王は戦力を整えるために、城へと急ぐ。
その顔は、まるで玩具を見つけた無邪気な子供のように、活気よく輝いていた。
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