魔王と救世主 - 10-1
「……抜くぞ、セナ」
細い体が落ち着くまで、暫く無言で抱き締めあっていたものの、いつまでもそうしているわけにも行かず。覚悟を決めて、セナドールは腰を引いた。
セナはその綺麗な顔に官能と絶望の色を乗せて、ただ首を左右に振る。
だが、非情にも与えられた急に体を襲う喪失感に、心にまで冷たい風が差し込み、凍えて涙が溢れ出す。
やっと幸福感で塞がったはずの傷口が、開いて血を流しそうで。
「や、ぁ……セナ、ドール……ッ」
少しでも温もりを求めて、幼子のように涙を溢れさせ、広い胸に縋りつく。
セナドールはそれを拒否することなく、抱きとめて背を、頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ、俺は此処に居る」
「……、っ……ぅ……」
「大丈夫だ、セナ……俺は、お前を一人にしない」
自分が生きている限り、傍に居る……死の瞬間まで、ずっと。
そして。
「……お前が、望むなら……」
死の先まで、ずっと。
「俺と、一緒に、連れて行く」
体に回された腕に力が込められ、セナは心地よさの中で驚いて動きを止める。
キョトンとした目で、己を抱く青年を緩やかに見やれば、真剣で優しい瞳が見下ろしていて。
「救世主は魔王と違う。俺を倒せばお役御免、だろう?」
確かに、その通りだ。
魔王さえ倒せば……極端な話、救世主など死んでいても構わない。
たとえ相打ちになったとしても、魔王を倒せば役目は終わる。
そのための魔法まであるくらいだ。
だが。
「……そんなこと、考えたことも無かった」
魔王と……セナドールと、一緒に死ぬなど。
二人きり、違う世界に行けたらいいと思ったことは、出会ってから……幸せを意識してから、何度かあった。だが、それが己の死に直結したことは無い。
己の宿命から逃れることは考えたが、宿命を果たした後の事など、どんなに考えても、結局想像できなかった。
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