魔王と救世主 - 10-3
疲労困憊で動けないセナの上半身を起こし、セナドールは細い肩に丁寧に神父服の上着だけを着せる。
黒い服は土で随分と汚れていたが、元々の色のお陰で良く見ないとその惨状はわかりにくい。
「湯浴みをしたら、別の服を用意しよう」
「……あぁ」
「俺も、たまには正装するか」
最期ぐらいは、魔王らしく。
茶化すようなセナドールの言葉に、セナはそっと唇に笑みを乗せた。
「楽しみだな」
そして、どこか吹っ切れたように、楽しげな呟きを落とす。
それを驚いた顔で見たセナドールは、セナに笑いかけられ、やはり同じように楽しげに笑った。
自棄、ではない。
どちらかというと、安堵、に近い。
自分達は、繋いだ手を離さないための、目標を見つけられた。
人として、生きるために。
人として、最期を迎えるために。
それが、決して、褒められるような目標ではなくても。
確かに、今、自分達は人として、人生を謳歌している。
死ぬためではなく、二人で生きるこの時を、楽しんでいる。
幸せで、幸せで、たまらない程に。
腰が砕けて立てないセナを、セナドールは優しく抱き上げて、牢から運び出した。
捕らわれていた牢の正面、鉄格子の向こうで蹲る、魔王の魔法で動くことすら侭ならない勇者と目があったセナは、己を抱く青年に視線を合わせて時間を求める。
無言のそれを察したセナドールは、静かに腕の中の救世主を下ろし、地面に立たせた。
当然、手を腰に添えて、支えながら。
「…………」
── 救世主様。
声の出ない口が、そう形取る。
セナは罪悪感と、だが抑え切れない喜びと開放感のある表情で、それを静かに見下ろす。
「勇者にかけた魔法は、俺が消えれば解ける」
無言で見つめあう二人の後ろから静かにそう説明した魔王の言葉に、セナの肩の力が抜けた。
やはり、心配していたのか。
意識はしていなかったが、少なからず安堵する己の心に、セナは改めて思った。
非情だと思っていたが、それでも、人間らしい感情があったのだと。
それを認識できるようになったのは、他でもない、今、自分を支えている男のお陰だ。
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