魔王と救世主 - 10-5
いつもの部屋に戻るとセナドールはキーズを呼び出し、湯の準備を命じた。
呼び出された魔物は、二人が揃っているのを見るとホッと肩の力を抜いた。決して口には出さないが、心配していたのだろう。
だが、魔王と会話をする、何処か吹っ切れたような救世主の表情に何かを感じたに違いない。準備の間ずっと、不安げな顔を見せていた。
しかし、二人が何も言わなかったので、湯の準備が済むと何も問うことなく、挨拶を一つ残して部屋を後にした。
汚れた衣服を脱ぎ捨て、セナとセナドールは広い浴場で背中を洗い合い、笑い合いながら悪戯をしつつ、湯船に体を落ち着ける。
向かい合うように抱き合いながら、キスをして、高まる欲望のまま中心を擦りあい、もう一度、二人、高みに上り詰めた。
流石に、再び男を受け止めるだけの体力はセナに残っていなかったが。
それでも、片時も離れたくなくて、互いを求める心は際限を知らず、彼らは嫌というほど互いの肌の感触を確かめ合った。
「…………」
漸く満足して一息つくと、セナは不意に顔を不安に曇らせる。そして、そんな顔を見られたくないのか、彼は目前の広い肩口に顔を埋めた。
セナドールは、無理に顔を上げさせようとはせず、あやすようにその背を優しく撫でながら問いかけた。
「どうした、浮かない顔して」
「……もし、俺が、救世主じゃなかったら……お前は、一人で残るんだろうか……」
「何を今更」
救世主の疑問を鼻先で笑い飛ばす魔王に、セナは男の背に回した腕に力を込める。
そう、今更だ。そんな心配をするなど。だが、どうしようもなく不安を覚えるのも確かなのだ。
今まで、自分が救世主であると疑ったことが無かっただけに、その疑問は解消されることなく、どんどんセナの心を重くしていく。
「心配するな。言っただろう、一人にはしない」
愛しい男の体に爪を立て、必死に何かを堪えるその様子に、魔王は慈愛を含んだ笑みを浮かべて言った。
セナの心の重石を、少しでも共有しようと、軽快な口調で、だが優しく、はっきりと、真剣に。
「セナドール……」
「もし、お前が救世主じゃなかったとしても……俺が生き残ったときは、全力でお前を生き残らせる。
お前を離したりしない」
だから、安心しろ、と。
実際に、その言葉が実行出来るかどうかはわからない。
だが、縋りつくには十分すぎるほど力に満ちていて、セナは逞しい肩に顔を埋めたまま、笑顔で頷いた。
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