魔王と救世主 - 11-1

 目をあけて、最初に見えたのは、熟睡している最愛の青年の顔。

 規則正しい呼吸が己の髪を揺らして、少しくすぐったい。

 セナは何故かそのことに安堵の息を零して、気だるい体を起こした。

 さらりと肌を滑るシーツの下は裸で、昨日の夜の己の痴態を思い出して、一人顔を赤くする。

「……うわぁ……もう昼だ……」

 カーテンの隙間から差し込む光に端正な顔を歪めて、彼は伸びを一つするとベッドから降りる。

 そして、肩ほどまでの銀髪を揺らしながら、傍らにあったローブを羽織った。

 一瞬、カーテンの向こうを確認しようかとも思ったが、結局窓には足を向けずに終わる。

 生活習慣は殆ど人間と違わないものの、吸血鬼の血が4分の1ほど混じるセナは、日光に弱い。

 存在そのものの危機には直結しないが、日焼けはするわ、熱射病になるわで碌な事にならないので、特に夏場は日差しを避けていた。

 そのままキッチンに向かおうとして、ふと思いなおし、ベッドで眠る青年の肩を揺さぶる。

 跳ね気味の赤毛が揺れて、パサパサとシーツに当たって軽快な音を立てた。

「セナドール、起きて。もう昼だよ。
 今日は畑の種まきするって言ってたでしょ?」

「んー……もうちょっと……」

「もう。これ以上延ばしたら、まき時終わっちゃうって言ったの、セナドールじゃないかッ」

「うー」

 耳元で可愛く怒られて、仕方なく青年は目を開ける。

 宝石のように綺麗な切れ長の紫の瞳が、己を見下ろす男にしては円らな赤い瞳を見て甘く蕩けた。

「はよ、セナ。今日も可愛いな」

「馬鹿いってないで、さっさと起きる。……体の調子はどう?」

「絶好調」

 答えたセナドールは、目の前に伸びる細い腕を掴むと素早く引き寄せ、己の下に組み敷いた。

 セナの方が二つほど年上のはずなのに、どんなに抵抗しても覆いかぶさる青年の腕はビクともしない。

「何するんだよ!」

「何って……ナニ?」

 元気な息子を足に摺り寄せられ、セナの白い頬が赤く染まる。

「ばかーッ!全然調子よくないじゃないか!」

 吸血鬼としての役割を果たすには小さすぎる、だが明らかに人よりも大き目の犬歯を覗かせ、大声でセナが喚く。

 対して赤毛の青年は、背中に生えた成長途中の黒い翼をパタパタと動かす。どんなに動かしても、その翼は、空を飛ぶにはあまりに小さく、そよ風を起こすのが精一杯だ。

 だが、セナドールはそんな事を微塵も気にせず、意地の悪い笑みを浮かべた。

「絶好調だろ」

「そういう意味じゃない! 発情期は大丈夫かって聞いたの!」

 今年17歳になったばかりのセナドールは今、インキュバスの成体へと変化する真っ最中で、いつもより性欲が強い。

 仕方がないことだが、朝だろうと昼だろうと夜だろうと盛るので、相手をするセナはここ数ヶ月、心身共に疲労状態だ。

 とはいえ、彼が別の相手とするのはもっと嫌なので、結局自分で付き合うしかないのだが。

「これしたら、ちゃんと仕事するよ」

「……僕は手伝わないからね」

 正確には、手伝えないのだろうが。

 セナドールはわかってる、と頷くと、甘い香りを放つセナの体に顔を埋めた。


  
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