魔王と救世主 - 2-2

 魔王は城に戻ると、部屋で寝ていた側近の老いた魔物を叩き起こした。そして、早速、今思いついた命令を出すと、驚いた魔物に怒鳴り返される。

「本気ですか、魔王様!」

「あぁ、本気だ」

「もし、その青年が真の救世主であった場合、どうなさるおつもりですか!?」

 今にも食いかからんばかりの魔物の様子に、しかし魔王は平然と言い放つ。

「だから、丸裸にして連れて来いと言ってるだろう。剣さえなければ、唯の人間だ」

 そもそも、あの様子では剣を持っているかどうかも怪しい。どう見ても、剣を振り回すようには見えなかったからだ。

 火の傍で熟睡していた銀髪の青年を思い出して、魔王の頬が緩む。早く、早く手元に欲しい。

「伝説の救世主であれば、どんな手を討とうとも、貴方様は倒されてしまいますぞ」

「飽きたら、いつものように食うだけだ。
 それに、どんな手を討っても倒されるなら、朔月まで待とうと、今手を出そうと同じ事だろう」

 いつまで経っても行動に移そうとしない魔物に、高揚する気分に水を差された気分になり、魔王は冷たい目で部下を見下ろす。

 赤い、赤い、燃えるようなそれは、しかし宝石のように冷たく無機質で、老いた魔物を震え上がらせる。

 どんなに年を経て力を蓄えた魔物でも、魔王の剣を持つこの青年に敵うはずがないのだ。

 彼は、魔物を統べる王なのだから。

「レヴァ。俺は命令している。森に居る銀髪の美しい男を、生きたまま連れて来い」

 行け、と冷たく言い放たれ、レヴァと呼ばれた老いた魔物は諦めて魔王に頭を下げた。


 老いた魔物は、魔王の命令に溜息をつきつつ、急かされるままに重い腰を上げると、玉座の間に屯していた腕の立つ夜行性の魔物達に指示を出した。

「森に居るという、銀髪の見目良い青年を生きたまま連れて来い。傷はつけんようにな。赤い髪の大男は好きにして構わん」

「大男じゃぁ、食う気にならんな」

「筋肉質が好物の魔物もいただろ。あいつにやれば喜ぶんじゃないか?」

 確かに、と嗤いあいながら、指示を受けた魔物達は次々と城を飛び立って行く。

 それを見送り、レヴァは溜息をついた。

 長い事、今の魔王に仕えてきた。

 こんな風に、気に入った人間を城に上げることは珍しくはない。

 観光に来た良家の令嬢、まだ年若い勇者、中々に腕の立つ女剣士だった時もある。

 そして、人間を捉えるたび、褒美という名の恩恵にも随分与ってきた。

 今更命令を無視するつもりはない。が、今の平穏はいつまで続くのか。魔王が気まぐれを起こすたびに、この魔物は気を揉んでいる。

 もしかしたら、終焉は近いかもしれないな、と。

 もっとも、魔王が気まぐれを起こすたびに、何度も考え、杞憂に終わっていることも事実。

 今回も杞憂に終われば良いが、と彼は考えながら、中断されて足りない睡眠を補うために、再び自室へと足をむけたのだった。


  
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