魔王と救世主 - 2-3
襲撃は夜が明ける前だった。
大きな羽ばたきと奇声に赤髪の勇者は即座に反応し、傍らに眠る銀髪の青年を起こす。
熟睡していたはずの青年は、とてもそんな風に見えないほど迅速に反応し、勇者に支援系の魔法をかけた。
背後で馬が嘶き、暴れるのが判るが、相手をする余裕など無い。
前触れなく頭上から降り注ぎ始めた矢や火の粉などの攻撃に、彼らは防戦一方だった。
反応速度が上がり、防御力が上がったとしても、人間が空を飛べるわけではない。しかも、勇者には飛び道具がない。
唯一上空へ攻撃できる神父の青年は、呪文の詠唱のため、どうしても攻撃に時間がかかる。勇者はその詠唱時間を稼ぐため、彼を庇いながら頭上からの攻撃を防いでいた。
「……、数が多すぎます……!」
呻く様に勇者は叫ぶ。逃げようにも、潜む魔物の気配が地上の周囲を囲んでいて、とても逃げられるような気がしない。
まさか、こんな風に奇襲を受けるとは思っていなかった。
簡単に城に近づけるとは思っていなかったが、新月でもない今、しかもこんな精鋭部隊ともいえそうな魔物達が連携して攻撃してくるなど、全く予想していなかったのだ。
勿論、そんな噂も聞いたことがない。
己の甘さを悔やみながら、勇者が矢の数本をまとめて剣で薙ぎ払った時。
「伏せろ」
聞き慣れた冷たい声が背後から飛んできて、彼は慌てて頭を下げ、地面へと這い蹲る。
直後、空気を激しく震わせ、赤い髪を掠めて熱が飛び、夜空に花火が咲いた。
無数の光の矢が、上空に飛ぶ魔物たちを一掃する。
だが、それは撃退完了の合図ではなかった。
隙を狙うために地上に待機していた周囲を囲む魔物たちが、伏せた勇者と呪文を唱えたばかりの青年に牙を剥いてきたのだ。
「救世主様!」
とっさに身を起こした勇者は、しかしあっという間に青年と引き離される。
何とか魔物を蹴散らそうとするが、数が多く、彼らの動きも無駄がないため、そこまでの余裕がない。とにかく、攻撃を避けるだけで精一杯だ。
そして、勇者は徐々に相方と引き離され、崖へと追いやられていく。
「……っ……」
彼は、魔物と魔物の隙間から、捉えられた青年の姿を見る。
「救世主様!」
救世主の剣は、勇者が座っていた丸太の裏に置いたままだ。つまり、捉えられた青年には白兵戦に対する防衛手段がないことになる。
完全に相方へと意識が向いている勇者の足を、魔物の爪が抉る。
「……、救世主さまぁっ!」
足を踏み外し、彼は力の限り叫ぶが、手は相方に遠く届かない。そして、そのまま高い崖から下へと落下する。
長い落下時間、木々が生い茂る中に落ちる直前、勇者は飛行する魔物に抱えられて揺れる青年の銀糸を見た気がした。
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