魔王と救世主 - 2-5

 男の問いに、銀髪の青年はゆっくりと瞬きをして、漸く声を発する。

「…………そういう、お前は?」

 名前を問う前に、正体を明かせ。そう言わんばかりに、端的に、抑揚無く。

 静かな、だが澄みきった冷たい水のように耳に染みる声。決して不快ではないが、不用意に手を出せばその冷たさに痺れて動けなくなりそうな、そんな錯覚を覚える。

 そんな相手の態度に、益々面白そうに笑みを深めて、金髪の青年は答えた。

「魔王だ」

 銀髪の青年は、予想よりあっさりと正体を明かした男を凝視した。

 どう見ても、普通の人間だ。外見もそうだが、自分への態度に垣間見える子供のような無邪気さは、とても300年以上生きているようには見えない。

 だが、伝説の通りなら、彼は魔王の剣を手にし、魔物となった『元人間』、だ。

「……救世主だ」

 銀髪の青年は、やはり表情を変えずに己の正体を呟いた。

 しかし、相手は不服だったようで、眉を寄せる。

「それは、通り名だろう? お前の名前は?」

「……名乗る必要がない」

 倒すべき相手に名前を名乗ったところで、意味があるようには思えない。

 まして、相手が本名を明かしていないのに、此方が本名を明かす義理も無い。

 魔王というのも、あくまで通り名だろう。元は人間であったというなら、金髪の青年も生を受けて与えられた名前を持っているはずだ。

 銀髪の青年の唇よりも雄弁な無機質な瞳の抵抗に、魔王は肩を竦める。そして、あっさりと追求を諦めて、当初の目的を果たすために彼の顎を捉えてその唇を奪った。

 形の良い唇を舌でこじ開け、唾液を絡めるように、濃厚に口付ける。

 救世主は抵抗せず、ただされるがまま、じっと終わりを待つだけ。

 それはまるで、愛玩人形のようだった。

「抵抗しないのか?」

 これから何をされるのか、わかっているだろうに。

 不思議そうに問う魔王に、救世主は顔色一つ変えずに答えた。

「抵抗して、止めるのなら」

「無理だな」

 尤もな答えに魔王は楽しげに唇を歪め、横たわる細身の体に覆い被さった。


  
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