魔王と救世主 - 3-1
救世主が再び目を開けると、やはり鎖は見当たらず、ある程度の自由は与えられている……ように思えた。
相変わらず衣服は奪われたままで、手足首についた鉄の枷も外されてはいなかったが。
彼は、昨日の蹂躙で未だ重い体をゆっくりと起こし、ベッドの淵に座る。
ゆっくり立ち上がっても、何も己の動きを妨害することはなかった。とりあえずベッドから降りて、部屋を動き回ることは許されているようだ。
城の主は既に部屋から姿を消していて、ベッドから少し離れたテーブルの上に、朝食らしきものが並んでいる。
武器になりそうなものは、テーブルと、椅子と、食器だろうか。そう思ったが、相手は救世主の剣でしか倒せないと言われている魔王だ。そんなもので抵抗したところで、無駄に決まっている。
もう一つ、魔王を倒せる手段を救世主である彼は持っている。
しかし、それは自身の命と引き換えだ。万が一、魔王を倒せなかったときの事を考えると、容易に使うことは出来ない。
自分は魔王を倒すためだけに生まれてきたのだ。魔王の死を確実に見届けない限り、自分は死ねないと救世主は己を戒めている。
兎に角、変に抵抗して此処で処分されるわけにはいかない。
彼はそう結論付けて、再びベッドに身を横たえ、シーツで身を包んだ。
高い天井。柔らかいシーツの感触。そういえば、昨日の情事の後はすべて綺麗にされている。
体の痛みを除けば、全てが夢のように感じられた。
興奮しているのか、いつも以上に脳を駆け巡る慌しい思考を落ち着けようと救世主が瞼を閉じた時、部屋に唯一の扉が開く音を聞いた。
再び瞼を開いて上半身を起こす。と、部屋に入ってきた金髪の魔王と目が合った。
「起きてたか」
彼は、捕らえた青年が目覚めている事を知ると、嬉しそうに破顔した。
「体は大丈夫か? 一応、手加減はしたつもりだが」
「…………」
ベッドの傍らに立った魔王は、座ったまま彼を見上げる救世主の髪を一房手に取り、体調を窺ってくる。
しかし、問われた側は何も答えず、ただ、赤い目で相手をじっと見つめるだけだ。
「食事を用意しておいた。腹減ってるだろ」
無回答という抵抗を返す青年に寂しげな笑みを零して、魔王は白いバスローブを救世主の肩に掛ける。彼がそれに袖を通したことを確認すると、華奢な手を取り立たせてテーブルまで誘った。
大人しく従う捕虜に気を良くして、魔王は椅子までエスコートすると自らスプーンを手に取り、スープを一匙、人形のように座ったままの銀髪の青年の唇に添える。
与えられた側はそれに毒が入っていることもチラリと考えたが、純粋に楽しそうな魔王の様子に大丈夫だろうと己の勘を信じ、口を開く。
救世主だからだろうか。こういう勘に関しては絶対の自信があるし、事実、外れた試しがない。
流し込まれ、するりと喉を通ったスープはまだ温かく、柔らかく煮込んだ野菜が口の中でホロホロと溶けた。
「美味いか?」
問われて、救世主はこくりと頷く。
美味しい。
普段、食事の味など全く気にしない性分だが、このスープは疲労で食の細い胃にも優しく馴染んでいくように思えた。
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