魔王と救世主 - 3-2

「……自分で、食べられる」

 更に匙を差し出して食べさせようとする魔王に、救世主は静かに告げる。

 とりあえず差し出されたものだけ口にして、残りはスプーンを受け取り自分で食事を始めた。

 食事の様子をじっと見つめてくる赤い瞳が、妙に居た堪れない。しかも、彼は食事を終えたのか、スープの用意もなければ果物等を食べるそぶりもない。

「…………なんだ?」

 耐え切れず問うが、魔王は笑みを深くしただけで、頬杖を突いたまま答えなかった。

 元々答えなど期待していない救世主も、それ以上何も問うことなく、諦めて食事に専念し、スープを飲み干す。

「もういいのか?」

 スプーンを置き、食事を終えた彼に魔王が問う。テーブルには、他に果物が乗っている。だが、救世主はそれには手をつけなかった。

 別に、毒を懸念したわけではない。唯単に、空腹が満たされただけだ。

「あぁ」

 肯定すると、魔王はそれ以上食事を勧めようとはしなかった。

 代わりに、傍らにあったベルを振って、人……いや、魔物を呼んだ。

 黒い髪に紫色の瞳。耳は尖っていて、背には黒い艶やかなツバサが生え折りたたまれている。
 年は救世主より若干若いだろうか。一見女のように見えるが、胸はなく、良く見ると少年らしい雰囲気もある。

 幼さと色気の混在する何とも言えない神秘的な魔物は、テーブルの傍に立つとにっこりと微笑んだ……魔王に向けて。

「キーズだ。お前の世話を任せてある。風呂や食事はコイツに言えば手配する」

 笑顔を貼り付けたまま、キーズと呼ばれた魔物は捕虜を見る。

 まるで値踏みするような視線だが、救世主は特に何を思うことも無く、その視線を無表情で受け流した。

「基本的に、お前が動けるのはこの部屋の中だけだ。目には見えないがその手足の枷には魔法で鎖がつないである。
 それから、俺に抵抗しようなどと、余計なことは考えない方がいい」

 ここは魔王の城だからな、と嗤う城の主に、救世主は表情を変えず彼を見る。

 自分が聞きたいのは、そんなことではない、と告げるように。

「何だ?」

 視線に気づいた魔王に対し、救世主は言葉を選ぶようにゆっくり瞬きをした後、口を開く。

「なぜ、俺を此処に連れてきた」

「気に入ったんだよ。……昨日、可愛がってやっただろう?」

 そんなことか、と言わんばかりの呆れた表情で、相手は答える。

 昨晩の情事を示唆されても何の感慨も覚えず、淡々と捕らわれた青年は質問を続ける。

「俺が、救世主だと知っていてか」

「今まで、何人もの救世主が俺の所に来たが、誰一人として俺を倒せた奴はいない」

 お前も例外じゃない、と自信満々に口にする魔王を、救世主は何の感情も見当たらない無機質な目で見つめていた。


  
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