魔王と救世主 - 3-3
狩りに出る。そう言い残して、魔王は太陽が真上に昇る頃には部屋を出て行ってしまった。
残された救世主は、することもなく開け放たれた窓から森を見下ろしていた。
青い空も、白い雲も、爽やかな風も、豊かな森も、素晴らしい見晴らしも、救世主には何の感慨も与えない。
銀色の髪を太陽の光に遊ばせ、無機質な赤い瞳は、ただ森の一点を見つめている。
「いい身分だね」
背後から、彼の世話を任された魔物が声を掛けてきた。キーズとかいう、若い綺麗な魔物だ。
食事の後片付けをした後も、彼はこの部屋に残っている。
救世主の監視を命じられたのか、それとも、暇つぶしの相手を任されたのか。
どちらにせよ、窓から外を眺めたまま微動だにしない彼に、飽きているようであった。
「何もしないで、何もかも与えられる」
捕虜の癖に、という魔物の声は、僻んでいると言うよりは皮肉に笑っているように感じる。
逃げる努力もしないのか、と、あざ笑っているような。
窓際の救世主は、チラリとその顔を振り返ったが、直に表情一つ変えず窓の外に目を戻した。
「待っている」
「待つ? ……何を? 王子様かよ」
一緒に居たのは勇者サマだっけ、と一人突っ込みをする魔物の言葉は、完全に無視される。
茶化した声に返ってきたのは、ただ、小さく真面目な呟きだった。
「……剣だ」
食いつきの悪い捕虜が面白くなく、魔物は目を剣呑なものに変えて問う。
「剣って、救世主の剣とか言うんじゃないだろうな。そんなものが、一人歩きするわけ無いだろ」
「あれは、必ず俺の元に戻ってくる」
何があろうと、必ず。それが、定めだから。
救世主は、剣の波動を感じる一点をじっと見つめる。
自分が襲われた場所。まだ、移動していない。
恐らく、誰も気づいていない。
あれは、自分以外にはその辺の石並に価値の無いものに見えるらしい。
救世主の泉といわれる湧き池。
その畔に立てられた祠に、祀るように飾ってあったのは、唯単に、それが昔から置いてあったからで、だれもそれが剣だと思っていなかったらしい。……そもそも、祠に剣があること自体、村人達は気づいていなかったのだ。
彼を育てた神父曰く、救世主にのみその価値が判り、祠から持ち帰ることが出来る、という話だった。
そして、その剣は、何があっても救世主を探し出し、求め、人手をわたり戻ってくる、と伝えられている。
剣は、まだ移動していない。
そして、自分は、それを取りに行くことはできない。
ならば、今は体力を使わず、下手に抵抗せず、生きながらえて剣が手元に戻るのを待つしかないだろう。
「一体、どれだけ時間がかかるんだか」
魔物の言葉に、救世主は目を閉じる。答えなど、彼自身持っていない。
一日か、一ヶ月か、一年か。
だが、剣は確実に自分の元に戻ってくる。それまでは、絶対に死ぬわけには行かない。
「魔王様に食われるのが先か、その剣が戻ってくるのが先か。楽しみだね」
魔物は本当に楽しそうな声でいうと、それっきり口を閉じてしまう。
彼が話さなければ、部屋には沈黙しかない。
救世主は決して自分から口を開こうとはしないし、他に声を掛けるような者もいない。
結局、魔王が部屋に戻るまで、部屋はただ沈黙に満たされていたのだった。
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