魔王と救世主 - 3-4

 魔王の側近ともいえる、とある魔物は酷く焦っていた。

 薄い白髪を頭に垂らし、曲がった背を更に曲げて考え込みながら、深い皺を更に深くして、険しい顔をしている。そうして、自室の絨毯の上を行ったり来たりと、せわしなく歩き回る。

 朔月の宴は、3日後に迫った。

 だが、あの銀髪の青年は、思ったよりも抵抗せず、魔王のお気に入りの地位を確立しつつある。

 元々、朔月まで残り半月を切った状態で捕まえてきた青年だ。
 以前にも、最初の朔月の宴を乗り越えた者は居た。魔王の気分次第だが、次の宴までもつとは思えない。

 だが、監視を言い渡してあるキーズが持ってきた、救世主の剣の情報が気がかりだった。

 必ず手に入る、そう確信したような救世主の落ち着きが、更に魔物を焦らせる。

 もし、次の朔月までに剣がこの城に持ち込まれたら?
 我々の手中にあればよいが、救世主の手に渡ってしまえば、魔王の命が危ない。

 いや、この城の中に剣が持ち込まれただけで、あの人形のような青年が豹変する可能性もある。

 魔物は、その年のお陰か心配性のお陰か、各地の伝説に詳しい。

 勿論、救世主の剣についても、良く知っていた。

 本当にあの青年が救世主であれば、剣は確実に彼の手に戻る。そして、恐らく、自分達魔物には、その剣を探し出す事は不可能だ。

 側近は頭を抱えた。

 だから、止めたのに。あの魔王の気まぐれにはホトホト手が焼かされる。

 しかし、魔王に逆らうことはできない。

 朔月でなければ、たとえ救世主の剣の恐怖があろうとも、あの青年を殺すことはしないだろう。

 そして、今この話をしても、まともに取り合わないであろう事は容易に想像できた。


 老いた魔物は、その暗い闇色の目を光らせる。

 キーズを使おう。

 彼は、魔王から救世主の相手をするよう、言い付かっている。

 しかしどうも、彼はあの人間の反応の悪さが気に入らないようで、報告のたびに愚痴を零すのだ。

 早く、この命令が……青年の世話が終わればいいのに、と。

 魔王の怒りを買うかもしれないが、この平穏な生活が脅かされるよりはマシだ。

 それに、気まぐれな魔物を相手にしているせいか、彼自身も捕虜の扱いについては意外とあっさりしている。

 数日はネチネチと愚痴られるだろうが、それを過ぎればまた、退屈だとボヤきながら城を抜け出されるいつもの日々に戻るだろう。

 そう決めると、魔王の側近は青年の世話を言い渡されている魔物を呼び出す。

 魔王が帰宅したことで任を解かれていたキーズは、直に呼び出しに答えた。


 そして、老いた魔物の齎した提案に、一も二も無く頷き、その紫色の艶やかな瞳を楽しげに煌かせたのだった。


  
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