魔王と救世主 - 3-7

 予告の無いそれにひっ、と息を呑みながら、それでも救世主は素直にその刺激に身を投じる。

「……あ、ぁひっ……っ、く……ぁ、あ……」

 高らかに声を上げて、両腕を頭上に縫いとめられたまま、激しく蹂躙されて喘いだ。

 腕が自由にならないからだろう。足を圧し掛かる男の腰に絡めて、もっともっと、と淫らに引き寄せる。

 それすら愛おしく、魔王はぐっと最奥に自身をねじ込むと、欲を解放した。

「……、っあ、つ……まお……まお、う……!」

 待ち望んだ灼熱の滴に促されるまま、中心の戒めを解かれた救世主は自身も熱い蜜を散らした。

 自分を組み敷く男を呆然と見上げたまま、酸素を求めて肺をフル稼働させる。

 だが、先に回復した魔王に唇を奪われて、息苦しさに視界がぐらついた。

「……っは、ぁ……ふ……」

 舌を絡めて、吸われて、噛まれる。

 余韻を引き伸ばすかのような深い口付けに、翻弄される。

 漸く開放されると、虚ろ赤い目に、魔王の顔が映る。

 魔王だけが、視界を、動かない思考を、支配する。

 自分とはまた違う、野生的な美しい顔。笑みを浮かべたその顔は、揶揄するというよりも、随分と優しい笑みで、何故か救世主は肩の力が抜ける。

 いつの間にか、両腕は自由になっていた。

 ずっと頭上で拘束されていたせいで、動かすと軋むように痛い。

 ほんの少し、原因である目の前の男を恨めしく思いつつ、しかし抵抗するのも面倒で、救世主はこのままいつものように意識を手放すことに決めた。

 重くて動かない体を、暖かい布が拭う。

 いつの間にか用意されてあった湯とタオルで、汚れた体を綺麗に拭われ、その心地よさにウトウトと夢の世界へ引き込まれていく。

 夢現の意識の中、いつもの白く真新しいバスローブを羽織らせられ、その上にシーツをかけられる。

 横に潜り込んで来た暖かい物体が欲しくて、救世主は重い体を何とか動かして擦り寄った。

「っんとに、可愛い奴」

 魔王の嗤い声と共に、暖かい物体は彼の好きなようにさせてくれる。

 だがそれでも満足できず、救世主は頭をぐりぐりと厚い胸板に押し付けた。

「どうした?」

 問う声に、答えが言えず黙り込む。

 けれど、そのまま何も言わずに諦めてしまうには余りに渇望していて。

「……抱いて、欲しい」

 ポツリ、と要求を口にした。

 思ったより嗄れた自分の声に気づいたが、あれだけ声を上げれば当然か、と彼は思考の端でボンヤリ思うだけで、それ以上何の感慨も浮かばない。

 それよりも、腕が欲しい。情事ではなく、ただ、純粋に抱きしめて欲しかった。

 暖かくて、力強くて、心地よい温もり。

 一度意識すると、このままでは眠れない焦燥感にも似た飢餓に襲われ、救世主は甘えたがりの子供のようにぐりぐりと頭を擦りながら、彼なりに必死に強請った。

「調子狂うぜ」

 そう言いながらも、魔王は甘えたがりの青年を、その腕に強く抱く。

 これで満足か?そう問う彼の言葉には答え無いまま、救世主は望んだ温もりに手を引かれるように、肩の力を抜いて最後の意識を手放した。


  
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