魔王と救世主 - 3-8
捕らえられて二週間が経とうとしていた頃。その日は、朝から妙な気配がしていた。
魔王は、起きた時には既に部屋を後にしていた。そして、部屋から感じた城の気配は酷く静かで、だが何処か空気がざわついている。
救世主はボンヤリとそう思いながら、しかし自分には関係がない……というより、何もしようがないと、軽い朝食を済ませるといつものように窓から森を見ていた。
否、救世主の剣を見ていた。
未だ移動する気配のないそれに、救世主は特に焦りも感慨も抱くことなく、じっと見つめ続けている。
「今日も暇そうだね」
食事を片付けに来たキーズが、背後から声を掛ける。
此処のところ会話も殆ど無かったために、窓際の麗人は少し意外に思って振り返った。
食器をワゴンに載せ終わった黒髪の美少年は、不気味な程愛想の良い笑みを浮かべながら此方を見てくる。
「……できることがない」
「だろうね」
キーズは紫色の目を細めて嗤いながら、ワゴンの取っ手に背を軽く預ける。
優雅に嗤いながら、尚も話を続けた。
「そうそう、今日は、魔王様は此処に来ないよ」
「……?」
「今日は、宴の日だからね」
疑問符を浮かべた救世主に、魔物は教えてくる。親切というよりは、何かを楽しんでいるように。
そして、ペロリと舌舐めずりを見せると、獲物を値踏みする捕食者の笑みで、その愛らしい顔を彩った。
「救世主なんて、格好のご馳走だよ。
気をつけないと、今日は外に出ると食べられちゃうかもね」
「……外に出ることが出来ないのだが」
未だに外されていない見えない鎖。両腕にある鉄の枷を指で触れながら、救世主は淡々と独り言のように応える。
「あぁ、そうだったね」
忘れていた、とやや芝居じみた口調でキーズは言うと、長く綺麗な指を舌で湿らせた。
「でも、外に行かなくても、魔物と接触する方法はいくらでもある。
僕みたいに、ね」
そうして、ゆっくりとした足取りで、窓際に寄ってくる。
しかし、じわりじわり、と距離を詰められても、救世主は全く意に介していないように、それを淡々とした目で見つめていた。
「余裕だね」
「…………」
簡単に手が触れられるほどの距離になっても表情一つ変えない救世主に、魔物の方が気圧されている。
しかし、それを表に出すのは不愉快で、キーズは笑みを繕って目の前の綺麗な人間の腕を掴んだ。
「君の肉は、どんな味がするのかな……?」
そして、抵抗しないことを確認して、彼は腕を引いて青年を引き寄せると、耳元で囁く。
耳朶に牙を立て、ゆっくり力を籠めていくと、痛みからだろうか、掴んだ腕の筋肉が少し強張る。
それに気を良くして、更に顎に力を入れると、一瞬、体が宙に浮き、気が付けば背が何かに叩きつけられていた。
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