魔王と救世主 - 4-1
「また、外を見ているのか」
朔月の翌日。空が赤く変わる頃に、金髪の魔王は救世主の部屋を訪れた。
朔月の出来事が嘘のように、いつも通り窓際に立って外を見ていた銀髪の青年は、声がした方をゆっくりと振り返る。しかし、その顔はやはり無表情で、感情は一切読み取れない。
魔王は窓際に立つローブ一枚羽織っただけの青年に近づくと、抱き寄せて唇を寄せた。
抵抗はない。これも、いつもの事。だが、その肩は、当初よりも力が抜けている。
それに喜びと安堵を感じながら、魔王は触れるだけの優しい口付けを落とすと、救世主の手を引いた。
「来い」
「…………」
強制力はなさそうだが、命じられるまま、手を引かれるまま、救世主は魔王に付いて歩き出す。
扉の前で躊躇したが、やはり主に手を引かれているせいか魔法で作られた枷は機能せず、捕らわれの青年は前を歩く男の背を見て足を踏み出した。
この城に来て以来、初めて部屋の外に出る。
広い廊下には、優しい明かりが灯されている。敷かれた赤い絨毯は、素足で踏んだら気持ちが良さそうだ、と内履きを履いた自分の足を見て救世主はボンヤリ思った。
不思議と、城の中に魔物の姿は見当たらない。全体的に気だるげな雰囲気を感じるのは、宴の後だからだろうか。
城の玄関らしき門のある、パーティーが開けそうなほど大きな広い吹き抜けのホールを下に見ながら更に渡り廊下を進み、今度は螺旋階段を上っていく。
上へ、上へと続く階段はグルグルとして、目が回りそうだ。
ずっと己の手を握る魔王の手は力強く、救世主はその手を頼りに自分の立ち位置を見出しているような気分に陥ってくる。
今、この手を離したら、自分は落下してしまうのではないか……そう思うほど、強く、依存する自分に気づいて、思わず相手の手を握ってしまった。
気づいた魔王が一瞬不思議そうに振り返るが、やはり無表情のままの救世主に、気のせいか、と視線を前に戻す。
城内を移動しただけの割に長い散歩は、城の見張り塔らしき場所で漸く一区切りつく。
扉を開けて広がるそこには、人払いがされているのか、魔物一匹見当たらなかった。
「……間に合ったな」
魔王は、慣れた足取りで、太陽の赤い光が射す方に向かって歩く。
再び手を引かれて、救世主は足を踏み出す。そして、そのまま手引かれるまま、塔の端に立つ魔王の隣で立ち止まった。
「見ろよ」
「…………」
言われるままに、塔から景色を見下ろす。
そこには、赤い夕日に照らされる世界が広がっていた。
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