魔王と救世主 - 4-2
鬱蒼とした森も、連なる山も、遠くに見える栄えた街も、山に点在する小さな村も、青い湖も。
何もかもが、皆平等に赤く輝いている。
「……此処からの眺めが、一番好きだ」
横から飛んできた言葉に視線を移せば、景色に目を向けたまま、笑う魔王の優しい顔が視界に入る。
風に靡く金の髪も、深紅の瞳もすべて。同じように夕日に照らされて赤く染まり、救世主は綺麗だ、と思った。
「……綺麗、だな」
景色に視線を移して、救世主は呟く。
世界は、こんなにも美しい。
初めて覚えた感動に、救世主の胸に何とも言いようのない思いが溢れて、苦しくなる。
自分は、この世界を守るために生まれてきたのだ。
「……おい、どうした、救世主?」
問われ、彼は不思議そうな顔で隣を見る。
不安そうな魔王の顔に内心笑みを浮かべて、救世主は口を開いた。
「セナ、だ」
「…………」
訝しげな顔をする魔王に、彼は唇を微笑ませて続ける。
「俺の、名前」
「……どうした、急に」
「いいものを見せて貰った、礼だ」
最初に、聞いてきただろう、と返せば、魔王は嬉しそうな顔をした。
「やっと、笑ったな。ついでに、泣き顔も」
言われて、漸くセナは自分が泣いていた事に気づく。だから、魔王は不安そうな顔で問いかけてきたのか。
そう理解すると、彼は目元を拭って、だんだん闇に包まれていく世界に目を向けた。
夕日と同じように、皆平等に世界は闇の中に沈んでいく。
そして、朝が来れば、皆平等に光の世界へと導かれるのだ。
なんと美しい世界の営みだろう。
「……俺は、小さな街の……救世主の湖の畔にある、小さな祠に捨てられた」
ポツリ、ポツリ、と話し出したセナの言葉。急なそれに、魔王は驚きつつも口を挟まず、ただ静かに耳を澄ませる。
そして、世界も同じように、彼の話を静かに聞いてくれているようだった。
「俺を育ててくれた神父様は、孤児院を営む、厳しいが優しい人だった。
俺は救世主だから……魔物を、魔王を倒すために生まれてきたのだと、教えてくれた。
魔法も、剣も、戦い方も、全部」
今は遠い街の人々に思いを馳せても、その顔は一人として思い出せない。
神父ですら、既に顔は霞の向こうだ。
「俺は、いつも孤児院の皆と別の扱いを受けてきた。
気が付いたら……いつも、一人、だった」
そう。同じ年頃の孤児院の子供達が遊ぶ横で、自分はひたすら、魔物を殺める為の術を教えられた。
それでも、幼い自分は、笑っていたと思う。
「強くなるたびに、褒められた。称えられた。神父様に褒められるのが、嬉しかった」
認められるのが、純粋に嬉しかった。
「だが、誰も、俺に守るべき世界を教えてくれなかった。
俺は、魔王を倒すことを教えられたが、世界に守る価値があるかどうか知らずに育った」
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