魔王と救世主 - 4-10

「あいつも、連れてこれば良かったか」

 活気の良い屋台通りを一通り見た魔王は、城に置いてきた銀髪の青年を思い出し、小さく呟く。

 逃げることを心配したと言うよりは、この辺りをうろついているという報告を受けた、救世主の剣を危惧して置いてきた。いくら楽観的とはいえ、それぐらいの危機管理能力はある。

 いや。救世主に倒されることは、長い間望んできたことだ。魔王という『役目』が終わり、人間の時代が来る。それは世界の理だ。

 だが、剣を手にしたあの青年が、その場で己に戦いを挑むならまだしも、自分の手から逃げてしまう事の方が気に入らなかった。

「………………」

 今頃、彼は城で暇を持て余しているだろう。

 見えない鎖は緩めておいたが、きっとあの救世主は、他の魔物の餌食になる危険を冒して城の探索などせず、部屋にじっとしているに違いない。

「あんなんで、人生楽しいのかねぇ」

 城にきた当初よりは、心を許されているとは思う。名前を教えてもらったし、涙も見た。

 何より、あの夕日の中の微笑みは、瞼を閉じれば直に浮かんでくるほど脳に焼きついている。思い出しただけでも、笑みを浮かべてしまうほど、蕩けそうに甘い微笑み。

 それでも、まだ普段は表情が乏しい。起きた時も、食事の時も、殆ど顔色を変えることなく、淡々と反応を返すだけだった。

 もっと、いろんな表情が見たい。

 泣き顔も、怒った顔も……笑顔も。

「素材は抜群なんだから、もっと正直に生きれば良いんだろうがなぁ」

 欲しいものは、欲しいのだと。

 求めれば大抵のことは応えてやれるだけの、力も権力も自分にはあるのに。

 無理か。とあの冷たい銀髪の色を思い出して、魔王は苦笑した。

 今まで生きてきた時間を、直に変えることなどできはしない。

 まして、自分は魔王で、あいつは救世主。まさに天敵だ。

 いずれは、決着をつけなければならない。

 だが、それまでは。せめてそれまでには。

「もう少し、我侭させてやりてぇな」

 魔王はそう願うように口にして、残りの肉を頬張った。


  
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