魔王と救世主 - 4-11

 太陽が西へと傾き、空が赤く染まる頃になっても、救世主は窓から剣を見ていた。

 ほんの少し近づいた距離。だが、まだ城までは遠く届かない。

 安堵ともどかしさを感じつつ、しかし何も出来ないことが判っているので、彼は表情一つ変えず、ただ外を眺めているだけだった。

「もうそろそろ、魔王様が帰って来るよ」

 キーズが扉の近くから声をかけてくる。

 部屋の掃除をしたり、食事やお茶の用意をしたりと動いていた彼は、しかし、それ以外特に救世主とかかわりを持とうとせず、手が開くと扉の近くに置かれている革張りの椅子で本を読んだり、昼寝をしていたりするだけだった。

「……そうか」

 銀髪の青年はそれだけ零し、再び窓の外に意識を向ける。

 だが、今度は剣ではなく、やや此処から距離のある城門……魔王が戻ってくるであろう場所に視線が向いていた。

「言っとくけど、門から戻ってくることはまず無いよ。いつも、魔法でロビーまで飛んでくるから」

「…………」

 背中を向けていたはずだが、行動を読まれたかのようなキーズの言葉に、救世主は言葉を詰まらせる。

 別に、あの男のことだ。城へ戻れば直に自分の所に来るだろう。
 だから、いちいち顔を見に城を歩いて危険を冒すことはないし、ここで待っていればいいことだ。

 ただ、少しだけ、此処から戻ってきた彼を見つけられたらいい、と思っただけで。

「行ったら? 鎖、緩んでるんでしょ? ロビーまで出るだけでも、喜ぶと思うけど」

「…………」

 背後でキーズが唆してくる。

 まさに、悪魔の囁きだ。

 救世主は聞こえない振りで窓の外に目を向け、再び剣を探す。だが、どうしても魔王の顔が頭をちらついて、結局居場所を捉えることが出来なかった。

「…………ま、行かないならいいけどね。僕はお出迎え、してこよっと」

 椅子から立ち上がったらしい愛らしい掛け声に妙な焦燥を覚えつつ、救世主は振り返る。

 キーズは扉を薄く開き、今にも部屋を出んばかりだ。

「……いいのか、俺から離れて」

「別に、監視してろって言われるわけじゃないし。お前が城内を移動するならと思って此処にいたけど、部屋から出ないなら此処にいる必要ないし」

「…………」

 扉の取っ手に手を掛けたまま静止した魔物は、愛らしい顔に意地の悪い笑みを乗せて、銀髪の青年の出方を伺っている。

「行く?」

「…………」

 最終的に与えられた問いに、捕らわれの救世主は足を踏み出すことで答えたのだった。


  
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