魔王と救世主 - 4-8

 魔王が去ってしまえば、この部屋には沈黙が下りてしまう。

 救世主は自分から声を発することはないし、キーズは相変わらず彼に声を掛けない。

 そして、いつものように窓から外を……己の剣を見ていた救世主は、日が頂点に昇ろうとした頃、ビクリと肩を震わせた。

 珍しく感情的に、やや身を乗り出すように窓枠に手を掛け、森に目を凝らす。

 だが、救世主の剣はまだまだ遠すぎて、目視は出来ない。

「どうしたのさ?」

 突然いつもと違う行動を起こした救世主に、キーズは興味を引かれて声を掛ける。

 問われた側は心を落ち着けるように一拍置いて、魔物を振り返った。

「剣が……」

「剣? お前の?」

「……救世主の剣が、動いた」

 その言葉に、キーズは息を飲む。

 目の前の銀髪の青年が、救世主であると完全に信じたわけではない。

 だが、襲った時に受けた人間ならざる攻撃は、もしかしたら、と思わせるには十分すぎて、以前言っていた救世主の剣と彼が繋がっているというのも、本当かもしれないと思い始めていた矢先だ。

「誰かが拾ったって事?」

「恐らく。誰かは判らない」

 だが、移動のスピードは酷く遅く、徒歩を思わせる。森の中を進むことを考えると、魔王打倒を目指す勇者一行のうちの何れかだと考えて、間違いなさそうだ。
 少なくとも、飛行タイプや森の中を身軽に動く魔物の類ではない。

 もしかしたら、自分と旅をしていた勇者かもしれない。

「城に、近づいてるわけ?」

「微々たる速度だが」

 このまま何事も無く城へ辿り着くか、はたまた再び森に放置され、ゆっくり時間を掛けて自分の元へと戻ってくるのか。
 魔物に捕らえられて、一気に此処まで来ることだって考えられる。

 今はまだ、どれが正解かなど、皆目検討もつかない。

 ただ判っているのは、使命は、決して自分を逃しはしないだろうということ。自分は、やはり救世主なのだということ。

「…………」

 キーズは、それ以上何も問いかけてはこなかった。

 魔王か、彼に仕える魔物に報告するかもしれない。だが、それすら必然の中の一つに過ぎない。

 運命は、自分に魔王を倒させるために動いている。

 救世主は、再び窓の外に視線を向けると、ゆっくりとした速度で城へ近づく剣の気配に意識を向ける。

「…………まだ、遠い」

 動揺する己を落ち着かせるように呟いたその声は、しかし冷静とは程遠い小さく、弱く、微かなものだった。


  
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