魔王と救世主 - 5-1

 世界は、何も変わらない。

 その美しさも、醜さも。


 魔王は、救世主の部屋を自分の寝室と決めたように、毎日そこから移動し、そこへと帰る。

 救世主は、一人の時は窓から外を眺めて過ごし、魔王が城外から帰ってこれば、ロビーまで出迎える。

 二人が揃うと、彼らは当たり前のようにベッドの中で過ごす。


 体を繋げる度、時間を重ねる度、徐々に近づく二人の心の距離。

 その心地よさに、二人で溺れる様に堕ちていく。


 朔月の宴だけ、二人はバラバラに離れて過ごした。

 魔王は一歩たりとも部屋には近づかない。そして、救世主を繋ぐ枷はその日だけ強くなり、部屋から一歩も出ることは叶わない。

 それも全て、魔王が救世主を傷つけないため。二人が、離れないため。

 それが判っていたので、救世主は敢えて危険を犯して部屋を出ようとはしなかった。


 離れたら離れた分だけ、宴が終われば、二人は互いを求めその温もりに縋りつく。

 ほんの少し離れた距離を必死に埋めるように。

 拭えない不安を、覆い隠そうとするかのように。


 朔月の後で、魔王と救世主は、再びあの塔に登った。

 二人で夕日が沈むのを見て、手を握り合って。


 世界は、変わらず、美しい。

 二人は隣に立つ自分の世界の一部を見て、互いに安堵し微笑む。

 そうして思うのだ。

 目に映るこの微笑みこそ、己の世界の中で、尤も美しいものなのだと。


 いつまでも続きそうな、穏やかな日々。

 いつまでも続くと錯覚した、幸せな時間。


 だが、運命は二人を逃さない。


 救世主の剣は、日に日に城へ近づいてくる。

 それを身をもって感じる救世主は、窓の外を眺めては自問自答を続けていた。


 剣がこの手に戻ったとき、自分は魔王を倒せるのだろうか、と。

 愚問だ。自分は、その為だけに生きている。

 その為だけに、生まれてきた、『救世主』なのだ。

 魔王を倒せないと言うことは、自分自身の存在意義を失うことになる。


 だが、いざ魔王を見ると、気持ちが揺らぐ。

 この平穏な時間を失った時、自分はどうなるのか……想像できない。


 ただ一ついえることは、もう、魔王と出会う前の自分には戻れない……それだけ。


 『救世主』と『セナ』の間で、捕らわれた銀髪の青年は、今日も浮かない顔で窓の外を眺めていた。


  
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