魔王と救世主 - 5-2

 救世主が魔王の城に捕らわれて、2ヶ月が経とうとした頃。魔王は、突然救世主に着替えを持ってきた。

「出かけるぞ」

 着替えろ、と命令しながら彼が差し出したのは、真新しい神父服と真っ白なローブ。捕らえられる前に青年が着ていたものと似ていたが、良く見ると生地もデザインも優美で質がよい。
 そして、内履きの代わりに与えられたのは、動きやすそうな皮のブーツだ。事実、足を通せばそれはしなやかに足にフィットして、久々の靴でも足を痛めることはなさそうだった。

「良く似合う」

 聞きたいことは沢山あったが、救世主はとりあえず着替えを済ませる。

 いつもの見慣れたバスローブ姿とは違う、己の用意した衣服に包まれた青年を見て、魔王は満足げに笑って頷いた。

 そんな彼の姿はと言えば、普段と特に変わったところのない、城から出かける時の格好だ。

 落ち着いた色合いの動きやすい上下の服、汚れが目立ちにくい濃い色のマント。勇者や賞金稼ぎ……というよりは、普通の町人の旅装と言った身なりで、一見すると腕が立つようには見えない。
 まして、魔王だとは微塵も思われないだろう。

 そこで、救世主は、目の前の男の腰に常にあるものがないことに気づいた。

「……剣はどうしたんだ?」

 いつも腰に差している、魔王の剣。魔王が、魔王である証。

「ん? あぁ、アレは置いていく」

 そう答える口調は酷くあっさりしていて、それが珍しい事ではないと伝わる。

「いいのか?」

「……いいんだよ。アレは俺にしか使えないし、今日行く場所には必要ないからな」

 その言葉が益々行き先を謎めかせて、銀髪の青年は相変わらずの無表情で首を傾げた。

 さらり、と銀色の髪を揺らして。

 良く良く魔王を見ると、その手には中身の詰まった大きな皮袋が握られている。袋は茶色で透明度がなく、中身は全く判らなかった。

「何処へ出かけるんだ?」

「行けば判る」

 そう笑って、金髪の青年は美しい神父に手を差し伸べる。

 華奢な白い手が、一瞬の間の後、差し出された手に重なった。

 不安が無いのかと問われれば答えは否だが、この男が自分に害を為すとは思えない。

 そうして、魔王は救世主につけられた枷を外すと、魔力を発動した。

「距離があるから、魔法で飛ぶぞ」

 しっかり捕まってろ。

 魔王は白い手を引き、倒れこんできた体を腕の中に抱き込んで囁く。

 訳もわからず、ただ突然襲った浮遊感に驚いて、救世主は思わず目を閉じて青年の服にしがみ付いたのだった。


  
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