魔王と救世主 - 5-13

「……魔王……」

 背後から抱き締めて耳元で囁く、愛しい魔物。その顔が見たくて首を後ろに回すと、顔を確認する前に唇が塞がれ、口内を犯された。

 口付けの合間に見えた彼の顔は、酷く楽しそうで。

「違うって、いったろ?」

 長い蹂躙の後に呟かれた言葉に、銀髪の青年は改めて口を開く。

「……セナドール」

 大切な、大切な男の名前を、味わうように舌に乗せる。それは、口内を転がる飴玉のように軽やかで、ふわりと口いっぱいに幸せが広がるように甘美で。

 表情の薄い綺麗な顔に、無意識に優しい笑みが広がった。

「ちゃんと、顔が見たい」

 どんな表情も、見逃さないように。始終、愛しい人の顔を見ていたい。覚えておきたい。

 自分を、幸せにしてくれる、大切な人の顔を。

 金髪の青年は、要求に応えて体の位置を変える。

 一度離れた熱を帯びた体が、冷たい外気に相手を強く求めるが、その待ち時間すら、これから先の快楽の為だと思えば何とか堪えることができた。

 金髪の青年が、己の服を脱いで木の机に敷き、その上に華奢な体を転がす。そして、正面から向かい合って再度二つの体を繋げる。

「……っ、あ……」

「背中、辛くないか?」

「平気だ」

 銀髪の青年は、答えながら自分を組み敷く青年の背中に腕を回し、その熱い体を引き寄せる。

 しっとりとした体が重なれば、その温かさにホッとして息を吐き、端麗な顔に笑みが浮かんだ。

「……幸せだ……すごく……」


 笑みがとまらないくらい。時間を止めたいくらい。

 男を放したくないくらい。何もかも忘れたいくらい。

 胸が潰れるくらい。涙が、溢れるくらい。


「幸せだ……セナドール」

 悲しみではなく、喜びに涙を流す愛しい青年を強く抱き締め、金髪の青年は頷く。

「あぁ……俺も、幸せだ。セナ……愛してる」

 突然言われた懐かしい言葉に、銀髪の神父は驚いて金髪の青年を見る。

 愛している。

 遠い昔、養父である神父が褒めるたびに、何度も笑顔で言っていた言葉。聖書に、何度も出てくる言葉。

 きっと、この金髪の青年の言う意味は、それらとは違う。庇護や慈愛とは、違う。

 けれど、きっと、自分が感じている……一番彼に返したい言葉は、これに違いない。

 そして、意味も、きっと、金髪の青年と同じなのだ。


 ……本当に、この魔物には、色々なことを教えられる。


 笑顔で返答を待つ金髪の青年に、銀髪の青年も笑って唇を開いた。

「俺も、愛してる」

 セナドールだけを。

 この青年無しでは生きていけないくらい。

 『セナ』という人間の世界が、存在できないくらい。

 自分は、この魔王を、愛している。


 後はもう、言葉など要らない。

 二人は、心行くまで互いの体を貪り、言葉にならない溢れる想いを伝え合った。


  
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