魔王と救世主 - 5-5

「セナ、その神父は?」

 子供達の会話を聞いた村人が、金髪の青年に問う。その顔には、拭いきれない不信の色がちらついている。

 しかし、それを払拭するように、青年は爽やかな笑顔で子供に囲まれる銀髪の神父を振り返る。

「美人だろ? 俺のお気に入り」

「人間か?」

「あぁ。……セナ」

 魔王の声で名前を呼ばれ、漸く救世主はホッとして肩の力を抜いた。

 名前を呼ばれるだけでこれほど安堵するとは、自分は随分とこの男を信用しているらしい。

 己の状況を省みて、その現実に若干の危機感を覚えるが、それよりも現状の把握をしたいと、彼は魔王の傍らに寄った。

「……人間の、セナだ。
 俺と同じ名前。面白いだろ?」

 偶然なんだぜ、と笑う魔王はどこか自慢げで、子供のように無邪気だ。

 それを何となく微笑ましく思いながら、救世主は注目してくる村人達に無表情のまま頭を下げた。

 本当は笑顔の一つでも見せれば良いのだろうが、そんな器用な真似が出来れば苦労しない。

 しかし、村人達はその無表情に何か事情があると思ったようで、ホッとした笑顔で彼を迎え入れてくれた。

「大丈夫、此処はどんな者でも受け入れる村だ。気を楽にして、ゆっくりしていってくれ」

 セナが連れてきた人間なら大丈夫だろうしな、と村人達は、突然の来訪者を村の広場へと連れて行った。


「此処には、人間と魔物が居るのか?」

 畑や家々の間を抜ける道中、村の様子を観察していた救世主は、前を歩く魔王に問う。

 彼は歩調を落として銀髪の青年に並ぶと、頷いて答えてくれた。

「あぁ。元は人間と魔物のカップルや、互いに争いたくないと思った奴らが作った烏合の衆だったけどな。
 面白そうだったから、お仲間を見つけるたび連れてきたら、いつの間にか村になったんだ」

 どうもこの魔王は村が出来た当初から関わっているらしい。だから、彼はこれほどまでに信頼を受け、その彼が連れてきた素性もわからぬ自分も受け入れてくれたのだろう。

 笑顔が多く、畑の実りもそれほど悪くなさそうな平和な村だったが、説明を受けた救世主は浮かんだ懸念に眉を顰めた。

「だが……こんな場所が知れれば……」

 間違いなく、魔物を恐れる人間達の攻撃対象になる。たとえこの村が友好主義を貫いたとしても、魔物の被害に苦しむ人間達と分かり合うのは、到底無理な話だ。

 魔王もそれは判っているのだろう。あっさりと頷くと、説明を続けた。

「だから、此処は地図にも載っていない、森の奥深くに結界を張って存在している。
 行商人も来ないから、本当に自給自足の村だ」

「差し入れは、その為か?」

「別に、森に入れば狩りもできるけどな。ないよりあった方がいいだろ?」

 そこまで会話したところで、村の広場に到着し、魔王と救世主は集まっていた多くの村人達から口々に歓迎を受けた。

「良く来たな」

「こりゃ別嬪さんだ」

「これからよろしくね」

 救世主の事を、いつものように信頼する魔物が連れてきた移住者だと思っているものも多そうだ。

 気づいた魔王は、苦笑いを浮かべてそれを否定した。

「コイツは此処に置いていかねーよ。俺の連れだからな」

「あら、そうなの?」

「これを機に、セナも此処に住んだらどうだ?」

 誘いに、魔王は笑って辞退した。

 その慣れた様子は、幾度と無く誘いを受けているのかもしれない、と思わせるには十分で。

「ここは、別荘ぐらいが丁度いいんだよ」

「いい場所なのに」

 村人達も、何度と無く辞退されているのだろう。それ以上勧めることはなかった。


  
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