魔王と救世主 - 5-6

 青空の下で、昼食を交えた簡単な歓迎の宴が済むと、銀髪の神父は金髪の青年と二人、青年の別宅だという、村の中では比較的大きめの家に向かった。

 入り口が二つあるその家は、魔王城と比べると犬小屋並に小さく質素なもので、長机が並ぶ大きな部屋と、居住用の部分とに分かれている。
 不在がちな家主にもかかわらずきちんと手入れされていて、いつでも使えるように、村人が交代で掃除してくれていると主である魔王は言っていた。

「セナー!勉強教えてー!」

「教えてー!」

 家に入って簡単な間取りの説明を受ける間もなく、直に大きな部屋の方から子供達の声が聞こえてくる。

 その元気な声に苦笑いを浮かべて、魔王は立ち上がる。そして、居間から大部屋へと続く扉に手をかけた。

「ついてくるか?」

 振り返って問われ、特にすることも無い救世主は好奇心のままに頷いて立ち上がる。

 隣の部屋には、村中の子供達が集まっているようで、既に皆、思い思いに席に付いて布板と筆を手にしている。

 これは水をつけた筆を布を張った板に滑らせて文字を書くもので、乾かせば何度も使える勉強用の板として、広く普及しているものだ。
 救世主自身も、孤児院で勉強していた頃はこの板を使っていた。

 尤も、それを見たところで、彼に懐かしいなどという感慨など浮かばない。ただ、どうして此処にあるのか、と疑問に思うだけだ。

 しかし、それも直に解決した。

 勉強を始めた子供達の間を、魔王はゆっくりと巡回する。その様子はまさに教師。時折、子供に質問を受けては丁寧に答えてやっていた。

 つまり、この大きな部屋は、彼が勉強を教える教室だったのだ。だから、村人達も共有の家として掃除してくれているのだろう。

 救世主は、近くに居た子供達の布板を覗き込んだ。

 ある魔物の少女は計算を、ある人間の少年は読み書きを、ある人間の少女に至っては、簡単な魔法陣をその布板に書いている。

「セナ、お前、勉強は?」

「一応、一通りは」

 問われた救世主は、戸惑いながらも頷く。

 教会に隣接している孤児院は、恐らく普通の村や街の子供達よりも勉強を教えてもらえる。
 しかも、『救世主』として様々な教育を施された彼は、神父として申し分ないだけの知識がある。

 教育者に向いているかどうかは別として。

「なら、手伝ってくれ」

 流石に、一人で何人もの子供を、しかも別々の学習内容を見るのは大変なのだろう。

 人に教えることに自信はなかったが、銀髪の神父は頷いて、金髪の教師と同じように子供達の間を巡回し始めた。


  
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