魔王と救世主 - 5-7

「ねぇ、神父様、幸せって何?」

 突然、一人の子供に問われて、銀髪の神父は戸惑った。

 聖書にあるような、模範的な回答ならいくらでも出せる。
 だが、キラキラと期待に満ちた目が求めているのは、そんなものではないような気がして、しかし幸せなど考えた事がない彼は言葉が出てこない。

「…………心が満ち足りた状態の事、だ」

「みちたりた状態?」

 仕方なく返した模範解答は、しかし当然のようにオウム返しを受ける。

 どう説明したらよいかわからず、視線をもう一人の教師に向ければ、金髪の青年は赤い瞳を嗤わせながら寄ってきた。

「どうした?」

「んとね、幸せって何かなって」

「そうだな……」

 魔王は逡巡しただけで、直に口を開く。

 そのためらいの無さに感心しながら、救世主も彼の言葉に耳を傾けた。


「大好きな人が傍に居て、時々笑いあえりゃ、それは幸せだ」


「……お父さんとか、お母さんとか、友達とか?」

「あぁ」

「じゃあ、今、すごく幸せ!」

 子供はその回答に納得したようで、まるで自慢するかのように周囲の子供達に『幸せ』を連呼し、宣言する。

 微笑ましいとも言える無邪気な様子を、救世主は眩しい思いと共に、目が離せずにいた。

 微動だにしない青年の様子に魔王は何か言いかけたが、他の子供に呼ばれて、結局何も言うことなく彼の傍から離れていく。

 救世主も他の子供に呼ばれると視線の先を変えたが、しかしその意識の端には、先ほどの質問がこびり付いて取れなかった。


  
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