魔王と救世主 - 5-8

 日が傾いて子供達が帰った後も、暫くの間、臨時教師達は部屋を離れずに居た。

 静かで落ち着いた部屋に、頭にこびり付いた疑問が再燃して、救世主は質問をした子供が座っていた席の前に立つ。

 窓から差し込む赤い夕日の光が、机に反射して少し眩しい。

 けれど、記憶に新しい、子供の無邪気で嬉しそうな笑顔は、もっと眩しいと思った。

「どうした?」

 無表情の、だが浮かない雰囲気をかもし出す神父に、魔王は問いかける。

 判っているだろうに、気づかない振りで。

 問いかけられた青年は、暫く考え込むように瞼を伏せた後、意を決したように魔王を振り返った。

「……幸せって、何だ?」

 不安と戸惑いに、表情よりも雄弁な赤い瞳が揺れている。

 それを受け止めつつも、魔王は何も答えない。

「……お前は、大切な人と笑い合えれば『幸せ』だと言った……だが、俺にはわからない」

 判らないんだ……呟く声は、小さく、はかない。

「大切な人は、居ないのか? お前を育てた神父とか、旅をした勇者とか」

「……神父の顔も、孤児院の子供達の顔も……思い出せない」

 質問の答えを口に出しながら、なんと自分は薄情なのだろうと、セナは改めて思う。

 だが、事実なのだ。

「勇者も……流石に顔は覚えているが……大切な人、とは……違う気がする」

 生きていればいいと思う。だが、あの捕らわれた時の状況では、望みは薄いように思える。そして、死んでいるだろうと思った今も、特に感慨は浮かんでこないのだ。

 ただ、惜しい人間を失った、ぐらいにしか思わない。思えない。

 遺体を見ていないせいだろうか。

 否、どんなに凄惨な死様を見たとしても、涙一つ零さない自分が容易に想像できる。

「…………」

 救世主は、目の前の男の顔を見る。真剣に、自分を見てくる男を。

 魔王として君臨する男。

 冷酷非道と噂されている男。

 だが、きっと、彼は、目の前で人が死んだら悲しむような気がする。

 この男には、そういう人間じみた優しさがあるように、救世主には思えるのだ。

「酷い男だな、俺は」

 銀髪の青年は、その整った顔を眉一つ動かさず呟きを漏らす。

 それでも、昔は。

 もう、覚えていないほど、幼い頃には。

 笑っていた気がする。『大切な人』達と、笑いあっていた気がする。

 幸せ、だった、気がする。


  
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