魔王と救世主 - 6-2
その日は、朝から妙に胸騒ぎがした。
城の外で感じる剣の気配が、今日はやけにそわそわしているように感じる。
まるで、自分を呼んでいるようだ。
胸騒ぎに起こされたセナは、まだ眠ったままの愛しい青年を道連れにしないよう、そっとベッドから降りる。そして、いつものローブを羽織って窓に近寄った。
太陽はすでに世界を照らしているが、まだ頂点に届いていない。昨晩遅く……いや、今日の朝方まで起きていた彼らから見れば、随分早い目覚めだと言える。
下を見下ろせば、剣が門の辺りをうろついているのを感じた。
「…………」
魔王に知らせようか。
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎる。
しかし、魔王に知らせて剣を再び遠く離されてしまったら……きっと、当分、使命を果たさなくてすむ。
「…………」
セナは拳を作るときつく握った。
何を考えている。自分は救世主だ。
救世主の存在意義を失うような自分の思考を叱咤し、再び剣に意識を向ける。
どうも、剣の運び人は、いつ奇襲をかけようか悩んでいるようだ。
魔物は、朔月の宴の時だけは深夜まで行動するが、普段は日中……人間と同じように日の高いときに行動するものが多い。
セナは此処で暮らすうちにそれを知ったが、運び人はそれを知っているのだろうか。
どちらにせよ、こんな風に門の近くをウロウロしていれば、警備の魔物に気づかれてしまうだろう。
「…………」
「どうした?」
窓の外を見つめたまま今後の身の振り方を悩んでいたら、ベッドから声が聞こえた。
振り返ると、目覚めた青年が上半身だけ起き上がって、此方を見ている。
「…………おはよう」
最近改めて使うようになった挨拶を投げれば、満面の笑みで挨拶が返り、手招きされる。
大人しく従って再びベッドに戻ると、腕をつかまれ再びベッドの中に引きずり込まれた。
「早起きだな」
「……そうだな」
「何か気になることでもあるのか?」
「…………」
問われても、返答に困る。
隠すつもりは無いが、言う義理も無い。というか、立場上、あっさりと吐いてしまっては問題がある。
だんまりこそ、一番の肯定になるということはわかっていても、セナはどうしても本当の事が口に出せなかった。
「ま、いいか。それより、飯にしよう」
口を噤んだ救世主に無理強いせず、魔王はあっさりと話題を変えて、サイドボードにおいてあったベルを鳴らす。
直にキーズが朝食を運んできた。
暖かい具沢山のスープと、焼きたてのパン。籠に盛られたフルーツ。
シンプルだが、いつも出来たてで美味しい。
何より、この傍らの青年と一緒に摂ることが何よりの調味料だと、セナはこの半年間ですっかり覚えてしまった。
子供のように喜びながら着替えてテーブルに着く魔王の後を追って、彼もテーブルに着く。
生まれた時から教会で教え込まれた食事の前の祈りを呟き、食事を口にすると、既に食べ始めていた正面の魔王は笑顔で問いかけてくる。
「うまいか?」
「……あぁ」
微笑んで答えれば、嬉しそうな慈愛の笑みを向けられて、照れくさいが此方も嬉しくなってしまう。
『幸せな食卓』とは、こういうことを言うのだろう。
かつて耳にしたことがある言葉の意味を、漸く理解しながら、セナは終わりが近いであろう穏やかな時間を朝食と共に噛み締めた。
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