魔王と救世主 - 6-5

「魔王! 救世主様を返して頂きに来た!」

 その巨体に見合う大きな声を張り上げ、勇者はロビーへと侵入を果たす。それは、まだロビーから距離がある長い廊下を歩く魔王の耳にも、しっかりと届く。

 そして勇者は、途切れることなく囲んでくる警備の魔物を己の大剣で薙ぎ払い、再び声を上げた。

「魔王ッ! 姿を見せろ!」

「威勢がいいな」

 ロビーへと続く、赤い絨毯の敷かれた吹き抜けの階段をゆっくりと下りながら、魔王は通る声で答える。

 金色の髪を揺らし、黒い魔剣を下げて、優雅な足取りで階下へと歩を進める姿は威風堂々とし、まさに王の風格が漂う。

 真紅の冷たい瞳が魔物を見据えれば、その意図を汲んだ配下達は攻撃の手を止め、勇者から魔王まで一本の道を開けた。

「お前が……魔王……」

 突然現れた金髪の青年に、勇者は予想外、と言わんばかりに戸惑った声を上げた。

 それもそのはず。 現れたのはどうみても、普通の若い青年。確かに上に立つものの風格は窺えるが、とても、魔物を従えるほどの腕が立つようには見えない。

 女性が喜びそうな、やや野生味を帯びた美形で、救世主ほどではないが、勇者と比べれば華奢な部類に入るだろう。

「いかにも。俺が、魔王だ」

 はっきりと返された肯定に、勇者は気を取り直して背を正す。

 相手が本当に魔王だろうが異なろうが、此処に来た目的の前では些細な問題だ。

「救世主様を、返していただきたい」

 思考を切り替えた勇者は、目の前の青年に明瞭な声で告げた。

 その言葉に、魔王は面白そうに表情を変える。

「俺を倒しに来たわけではないのか」

「魔王を倒せるのは救世主様だけ。俺にその資格はない」

「殊勝なことだ」

 迷いの無い返答に魔王は嗤う。

 救世主の剣を手にしたというのに、何の欲も無く、ただ救世主の為に動く。その剣で魔王を倒し、名声を上げると言う、真実を知る物からすれば馬鹿げた欲もあっただろうに。

 剣が導く力の効果もあるだろうが、心の底から救世主を慕う勇者の姿に、魔王は感嘆と僅かな嫉妬を覚えて、真っ直ぐに彼を見据えた。


  
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