魔王と救世主 - 6-7
「、ぅ……」
地面に叩きつけられ、勇者は呻く。
魔王に切りかかった筈の彼は、剣が触れる瞬間、見えない力に押し返されて吹き飛ばされた。
しかし、対する魔王は、臥した勇者を呆然と見ているだけで、特に何か抵抗したそぶりは無い。
それどころか、その顔からは、何が起きたか理解できていないことが明白に伺えて。
魔王だけでなく、その場に居る誰もが状況を把握できずにいた。
「救世主!?」
その時、完全に沈黙した空気を引き裂くように、階段から一人の青年の声が上がった。
皆が振り向いた視線の先には、階段に頭を抱えて蹲る救世主と、彼を支えるように肩に手を回す、黒髪と黒い翼を持った愛らしい顔立ちの魔物。
「救世主……様……!」
勇者は、悲鳴を上げる体を叱咤して起き上がり、蒼白な顔で駆け寄ろうとする。しかし、それよりも早く、顔色を変えた魔王が階段を駆け上がっていった。
「セナ!」
名前を叫び、苦痛に悶える華奢な体を抱きしめる。
顔を覗き込み、そっと触れるその様子は、心から心配しているように見えて。
先程まで場を支配していた、威厳ある魔王の姿は微塵も無い。
ただ、大切な人を慈しむ一人の青年が、そこにいるだけだった。
「大丈夫、だ……直に治まる……」
心配する魔王に、救世主は微笑んで返す。
言葉が返ったことにホッと肩の力を抜きつつも、魔王は抱き締める腕を放せない。
せめて少しでも苦痛が和らぐようにと祈りを込めて、彼は、汗ばむ額にそっと口付けを落とした。
そこに、勇者が入り込む隙など何処にもない。彼は目の前で起きている状況が理解できず、ただ床に膝を付いて彼らの様子を眺めることしかできなかった。
「その人間を牢に放り込んでおけ。剣は取り上げて別に保管しろ」
動けない救世主を横抱きに抱え上げた魔王が、階下に屯する魔物達に指示を出す。
勇者は、抵抗する気力もなく、彼よりも一回り以上大きな魔物達に両脇を拘束されて、引き摺られるように牢へと連行されていく。
牢へと続くロビーの扉を抜ける瞬間、彼は今見たことが夢であってほしいと、縋るように首を回す。
しかし彼が敬愛する救世主は、痛みに顔を顰めながら己を抱く宿敵の首に腕を回し、一度も勇者を見ることなく運ばれていったのだった。
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