魔王と救世主 - 6-8

「大丈夫か、セナ」

 魔王はいつもの部屋に戻ると、まるで壊れ物を扱うかのように、抱き上げた体をベッドに降ろす。
 そして、まるで迷子の子供のように、不安げな声をかけてくる魔王に、セナは呆れたように返した。

「だから、大丈夫だ」

 その返事が思いの外しっかりしていたので、魔王はホッと息をつく。彼はベッドの端に座ると、汗ばんだ額に張り付く銀糸を払って問うた。

「一体、何をしたんだ」

 自分を守ったあの強力な魔法は、レヴァや他の魔物の物ではない。

 剣を防ぐだけならともかく、相手を吹き飛ばすような、攻撃と防御を同時に行える魔法を使える魔物は、彼の知る限り何処にもいなかった。

 まして、その魔法が発動した直後に苦痛を訴えたのだから、あれはこの銀髪の青年の力で間違いないだろう。

 確信の問いかけに、セナは一瞬口ごもったが、誤魔化せるものでもないと諦め、重い口をひらいた。

「お前を、魔法で守った……らしい。咄嗟で……呪文を唱える暇がなかったから、救世主の力が発動したんだ」

 本来ならば、自分を守るための力。よほどの事がなければ使ってはいけないと、幼い頃から再三聞かされていた力。

 というか、自分の窮地以外、発動したことが無いし、発動できたことも無い、のに。

「頭痛は、その代償だ。呪文を唱えない分、負担が大きい」

「どうしてそんな事を……俺は、魔王だぞ」

 救世主が、倒すべき、魔王。

 言われなくても、判っている。

 だが、セナは力なく首を左右に振った。

「判らない」

 どうして、こんなことをしたのか。

 何故、自分の危機でもないのに救世主の力が発動したのか。

 本人にも、全くわからないのだ。

「……まぁ、いい。
 とりあえず、お前が無事でよかった」

 それは、此方の台詞だ。そう心の中で呟きながらも、救世主は魔王の安堵の笑顔に言葉を飲み込んだ。

 何より、頬を撫でられて、心地よさに言葉が出なかった。

 この温もりを、失わなくて良かった……心の底から安堵を覚える。

 ひとしきり互いの温もりを触れ合うことでその存在を確認し、緊張を落ち着かせると、救世主はふと己の旅の仲間の存在を思い出した。

「……勇者は、どうするんだ?」

 牢へ入れろ……ロビーからの去り際、魔王はそう言っていた気がする。

 自分が跳ね飛ばしてしまったとはいえ、此処に来るまで……村を出る前から、ずっと仕えていた人間だ。

 自分が魔王と馴れ合ったがために、自分だけ生き残って彼が殺されてしまうのは、流石に後ろめたい。

 彼は救世主の剣を運ぶ、その役目を負わされただけだ。

 そして、正しいのは、きっと、魔王に刃を向けた勇者の方。

「朔月までは、牢に居てもらう。その後は……気分次第だな」

 救世主の問いに、魔王は複雑な表情で答える。申し訳ないような、割り切ったような。

 当然といえば当然の答えに、セナはゆっくり瞼を伏せ、そして再び開くと魔王を見て表情無く頷いた。

「そうか」

 殺すな、とは言えない。命を狙う相手をわざわざ逃がすほど、魔王も甘くはないだろう。

 朔月まで20日以上ある。その間に、何とか彼を救い出そう。

 救世主はそう考えながら、まだ鈍く残る頭痛を抑えるように深く呼吸をする。

 馴染みきったシーツに包まれているのを実感すると、意識が遠くなる。

 慣れない力に、疲労したのは考えるまでもない。

「眠いなら、無理せず寝ろ」

 傍にいるから、そう告げながら頬を撫で続ける、愛しい人の暖かい手。それに手を伸ばして握り締めると、セナは意識を深い闇の中へと沈めていった。


  
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