魔王と救世主 - 7-1

 剣が魔王城に来てからも、生活は何も変わらなかった。

 少なくとも、表面上は。


 しかし、夜になると、セナはよく汗だくで飛び起きた。

 毎晩見る、救世主の使命を果たす夢。

 救世主の剣が見せる、幻。救世主故に、セナはそれを確信している。

 最初は壁越しだった夢は、セナがそれを割ってしまった時から徐々に近づき、夢の中の救世主とセナが徐々に同化していく様な錯覚すら覚えはじめている。


 起きている間は、いい。

 だが、無防備な睡眠の状態が、たまらなく怖い。

 夢が、いつの間にか現実になっているかもしれない……そう思えて。

 夢に洗脳されて、苦痛から逃れたくて。ある夜、飛び起きた彼は、横で眠る男の急所を探している自分に気づいて恐怖した。

 絶望に、手の震えが止まらなくなった。


 想像できないのに。

 魔王を失って、生きている自分が。

 魔王の居ない世界で、立っている自分が。


 セナには、どうしても想像できずにいるのに。



「なんか、元気ないんじゃない?」

 この数日間で急に痩せたように感じる、焦燥しきった救世主の顔に、キーズはたまらず声を掛けた。

 勿論、魔王の居ない時を狙って。

「…………」

 一人森へと出かけていった魔王を見送るように窓辺に立っていたセナは、ゆっくりと自分を監視する魔物が座る椅子の方を振り返る。
 そして、じっと、もの言いたげに彼を見つめ、しかし諦めたように瞼を伏せた。

 キーズはそんな救世主の態度が気に入らず、声をきつくする。

「言いたいことがあるなら、はっきり言ってよね。
 別に、アンタの事を心配してるわけじゃないけどさ、魔王様が……」

「……魔王が?」

 魔物の尻すぼみな声に、セナは問う。

 言葉の続きが、妙に気になって。

「魔王様が、心配そうに見てるの、気になるじゃないか」

 照れて居るのだろうか。視線を逸らして呟いたキーズの言葉に、セナは驚く。

 全然気づかなかった。自分の事で精一杯で、彼の様子など微塵も見ていなかった。

 だが、思い返してみれば、魔王は会う度に、よく自分を抱きしめてベタベタと密着してきた気がする。

 それが余りに心地が良くて、自然な気がして、全然気づいていなかったが……。

 心配させていたのだ。大切な人を。

 気づいて、セナは己の視野の狭さを恥じた。

 自分の事ばかり考えて、本当に大切な人が見えていないなど。

 彼には、いつだって笑っていて欲しい、そう思うのに。

「あの剣のせいなんだろ?」

「…………」

 図星を突かれて、セナは黙り込む。

 それを肯定と受け取り、キーズは言葉を続けた。

「何かあるなら、言えよ。
 魔王様を倒すことは手伝わないけど、まぁ、アンタが元気になることなら、手伝うからさ」


  
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