魔王と救世主 - 7-2

「…………」

 言われた言葉が意外で、じっと魔物を顔を見ると、自分で言ったことが恥ずかしかったのだろう。顔を赤くしてキーズはそっぽを向いた。

 愛らしい顔が照れている様子は、何だか微笑ましく感じる。尤も、それに対峙する救世主の表情は一切変わらないのだが。

 だが、微笑ましいと思えるようになったのは、明らかに魔王の影響だ。

 あぁ、彼は本当に、自分の世界を変えていく。広げていく。

「それに、アイツも心配してたし」

 照れ隠しか、言葉を重ねた魔物の一言が引っかかり、セナは意識を彼に戻した。

「……あいつ?」

「勇者だよ。アンタのお供の、あのデカブツでムカつく奴」

「…………」

 牢に閉じ込められている、嘗ての旅の仲間。言われて、セナは勇者が捕らわれていることを思い出した。

 我ながら、何とも非情だと呆れる。

 だが、それよりも驚いたのは、いつの間にか、この魔物はあの勇者と知り合いになっていたらしいことだ。
 一見罵倒しているように見えるが、勇者の心配事を気にかけるくらいだから、さほど仲は悪くないのかも知れない。

 どういう流れで、こんな関係になったのかは判らないが。

「……すまない」

「別に。謝らないでよ、ムカつくから」

「…………」

 いちいち言葉が悪い。だが、照れ隠しなのは顔の赤さと視線を逸らす目の動きで一目瞭然だ。

 セナはそんな魔物の優しさに心を少し解して、真っ直ぐに魔物を見た。

 赤い宝石のような目で真っ直ぐに見られて、キーズはたじろぐ。

「なんだよ」

「一つ、頼みたい」

 改まった救世主の言葉に、キーズも戸惑いつつも真剣な視線を返す。

「何だよ、頼みって」

「……俺を、止めて欲しい」

「はぁ?」

「俺が、剣に侵されて魔王に手を掛けようとしたときは、止めて欲しい」

 剣に、彼を奪われないように。

 気づかぬ間に、魔王を失ってしまわないように。

 セナの必至な思いを知ってか知らずか、キーズは要求を鼻で笑い飛ばした。

「そんなの、当たり前だろ。魔王様を倒させるかよ」

「…………そうだな」

 自信に溢れた物言いに、セナはほんの少し安心して肩の力を抜く。

 そうだ。此処は魔王城だ。魔王を倒されては困る魔物に溢れている。

 たとえ剣に意識を奪われたのだとしても、そう簡単に使命は全うできまい。

 セナはそう自分に言い聞かせ、再び窓際まで移動すると、まだ明るい世界を静かに眺めていた。


  
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