魔王と救世主 - 7-5
魔王は、腰の剣から手を離すと、周囲を見回して大きな溜息を吐いた。
もう、今日は狩りは無理かもしれない。どうも感覚が鈍っているようで、動物の気配を感じないのだ。
場所を移動しようかとも思ったが、それよりも街に出て、何か土産を買ったほうがよい気がしてきた。
何より、いつまでも森をウロウロするよりも、早く帰ってセナを抱き締めたかった。
思い立ったら即行動。
魔王は、街の近くまで飛ぼうと、魔法の為に意識を集中する。
そう、魔法に意識を向けた魔王は、気づかなかった。
極限まで気配を殺した、勇者一行に。
彼らが、森に佇む人型の影に向けて矢を放つまで。
「……ッぐ」
鋭く尖った先端が、無防備な魔王の胸を的確に射抜く。 防具も何も身に着けていない彼に、抵抗する術など無い。
それは、まさに、人間の……人型の魔物も同様であろう、生けるものの急所を貫き、しかし厚い胸板を突き破ることなく動きを止める。
もし、普段の彼ならば……大切な人の事で思い悩んでいなければ、人の気配など簡単に知れただろう。
否、どんな状況であろうとも、魔王の剣を持つ彼が、意表を突かれるなど、今までにないことだった。
もしかしたら、この状況すら、救世主の剣が齎す運命の一つかも知れない……そう思えるほどに。
生まれたばかりの血の海に倒れた魔王は、出血のせいだけではない異様な脱力感に襲われ、急速にその意識を霞ませる。
これは、毒、だ。
心臓に直接投与された毒が、一気に体中を駆け巡ったらしい。
彼が認識できたのは、そこまでだった。
後はただ、愛しい人の名を心の中で呼びながら、光の無い深遠の冷たい闇に沈んでいった。
倒れた獲物を確認して、勇者一行はそっと近づいてきた。
しかし、近づくにつれて、それが人間であることに気づき、顔を見合わせる。てっきり、魔物だと思って矢を放ったのだ。
きちんと確認しなかったのも悪いが、まさか、こんな魔王の住む森で、人間に出会うとは思わなかった。
「おい、同業者じゃないか?」
血溜りに倒れ臥す青年が腰に下げる剣を見て、一人が推測する。他のメンバーも同じ見解なのだろう、それぞれ首を縦に振った。
「見たところ一人のようだし、仲間と逸れたのかのかもしれないな」
「どうする?」
すっかり動かない金髪の青年を囲んで、勇者一行は蒼い顔で相談する。
間違ったとはいえ、勇者が人を殺してしまったのだ。どれほど気丈に振舞っていても、動揺は隠せない。
「どうするも何も、もう手遅れですよ。毒も回っていますし……せめて、目に付きにくい場所に移動させましょう」
「埋葬は?」
「……我々は先を急がなければなりません。それに、そのままの方が仲間も見つけやすいでしょう」
「かといって、このままだと、魔物に食われるんじゃないか?」
「それもまた、運命とするしかないだろうな」
言いながら、一番体格の良い男が、まだ暖かいが生気のない青年の体を抱き上げ、木の下に青年を寝かせる。少しでも、その肉体が綺麗なまま、仲間に見つかるよう願って。
幸い、此処は森の中でも比較的陽の当たりやすい場所だ。木陰にさえ移動させれば湿気が少ない分、腐敗が遅いかもしれない。
「悪かったな」
そして、勇者一行は一言詫びると、過ちを懺悔するように各々頭を下げ、魔王の城を目指し歩き出す。
後には、森の中、横たわる魔王が一人、残された。
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