魔王と救世主 - 7-7

 部屋の外が騒がしい。魔王の帰りも遅い。

 味気ない上に食欲も湧かない、寂しい夕食を済ませ、セナは所在無さげに窓の外を眺めていた。

 魔王の身に何かあったのだろうか。

「…………」

 だが、たとえ傷ついたとしても、魔王が死ぬことはない。救世主の剣以外では。

 救世主が何人も居ると聞いたことはない。魔王を倒すのは、自分の役目だ。

 だから、何があっても、『魔王』は死なない。

 今すぐにでも、笑顔見たさに駆け出しそうな自分を、そう言い聞かせることで抑えながら、セナはただ、現状が連絡される時を待つ。

 それは、さほど待たずに訪れた。

 キーズが、息せき切って部屋に駆け込んできたのだ。

「何があった?」

 振り返り、肩で息をする見目のいい魔物に問いかける。

 問われた側は、呼吸を落ち着けるのももどかしく、荒い息の合間に必死に言葉を吐き出す。

「魔王様が」

 あぁ、やはり、彼の身に何かあったのだ。

「魔王様が、何者かに、襲撃された!」

「死んでは居ないのだろう?」

 取り乱す寸前の魔物を前に、セナは無表情のまま、間髪いれずに冷静な声で問う。

 死ぬわけがない。そう自分に言い聞かせながら。

「矢が急所に当たってたって……毒が回っているみたいだけど、とりあえずまだ生きてる。僕も、直接会った訳じゃないけど」

「意識は?」

「まだ戻っていない。魔王様を治療してたレヴァ様は……いつ死んでも、おかしくないって……」

「そうか」

 それ以上聞いても、大した情報は得られないだろうと、セナは再び窓の外に目を向ける。

 あっさりしたその態度に、とうとうキーズは緊張の糸が切れて叫んだ。

「なんだよ……なんだよそれ!心配じゃないのかよ!
 魔王様が好きなんだろ!? なんでそんな冷静で居られるんだよ!」

 死ぬかもしれないのに!と、涙混じりに喚く魔物を振り返ることなく、セナは静かに返した。

「……魔王は、死なない。救世主の剣でなければ、魔王は倒せない」

「そんなの、わからないだろ!ただの、伝説かもしれない……ッ」

 そう。ただの、言い伝え。だが、その伝説が真実であると、セナは身に染みて知っている。

 自分は、伝説によって生きている……生かされているのだから。

「魔王は、死なない」

 もう一度、言い聞かせるように、呟く。

 それ以上何を言っても無駄だと悟ったキーズは、救世主を残し、乱暴な足取りで部屋を出て行った。


  
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