魔王と救世主 - 7-8

「セナ」

 魔王が……否、セナドールが、笑って名前を呼ぶ。

 すぐ手が届く程の目前で、両腕を広げて、迎え入れるように。

 たったそれだけなのに、嬉しくて、嬉しくて、セナは微笑んでその腕に飛び込んだ。

 ぎゅっと抱き締めてくれる腕に、泣きそうになる。

 胸に頬を擦り付けて、その嗅ぎ慣れた匂いを胸いっぱいに吸い込んで。

「無事で、良かった」

 搾り出すように発した声は、酷く震えていて、自分でも驚くほど頼りなかった。

 本当は、不安だったのだ。何度も自分に言い聞かせて、言い聞かせて、必死に発狂しそうな自分を押さえ込んで。

 この腕を、笑顔を、幸せを、何もかもを失ってしまうのではないかと、不安で不安で、胸が押しつぶされそうで。

 でも、救世主である自分が、倒すべき魔王の心配をするなど、あってはならないことだと、必死に堪えていただけなのだ。

「セナドール……」

 名前を呼んで見上げると、直に唇が塞がれた。

 差し込まれる舌を受け入れて、互いに互いを貪る様に深く絡めて。

 胸が痛いほど震える。

 言いようのない幸福感と、同時に感じる、言いようのない不安。

「…………」

 唇を離して閉じていた瞼を開けば、視界一杯に映るセナドールの顔が、切なげに、物言いたげに歪んでいた。

「どうした?」

 問いかけに、答えはなかった。


  
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