魔王と救世主 - 8-2

 ベッドでの願いが通じたのだろうか。

 セナは、ボンヤリとする頭で、薄闇の中、自分の前に横たわる人を見下ろした。


 ベッドに寝かされ、瞼一つ動かさず、ただ静かに呼吸を繰り返す、愛しい人。

 目は開かない。開く気配は微塵もない。

 それでも、規則正しい呼吸にホッと肩の力が抜ける。

 まるで、一緒に眠っていた頃のように、穏やかで優しい寝顔。
 それだけで、まだ『セナドール』がその肉体の中に居ることが窺えて、嬉しくなる。


「……セナドール……」


 あぁ、やっぱり、俺は、彼を、愛している。


 セナは、愛しい人の顔を忘れないように、じっと見つめる。

 穴が開くほど、じっと、じっと。

 眉一つ動かさず、全神経を目に集中させて、ただ、見つめ続ける。

 この先ずっと、大切な人の顔を、この気持ちを、胸にしまったまま、生きていけるように。


 触れなかった。

 触れると、もっと欲しくなることが判っていた。

 物を覚えたての赤子のように、もっと、もっとと、湧き上がる欲のままに願い、求め、そして堕ちて行くのが判っているから。


 どんなに見つめても、目覚める気配は、ない。

 その方が、いい。


 欲しかった笑顔も、声も、聞けなかったけれど。


 セナは、手にした救世主の剣を、振り上げる。

 切っ先を真下に翳して、狙いを定めて。


 もう、躊躇わない。


「……愛してる……セナドール……」


 きっと、この名前を口にするのも、最期。


 視界が滲む。

 だが、狙いを定めた切っ先は揺らがない。


 掲げた剣を握る手に力を込め、力を溜めるために息を吸い込んだ瞬間、扉が開く音が、セナの悪夢をかき消した。


  
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