魔王と救世主 - 8-3

「救世主!?」


 乱入者の声が耳に突き刺さり、直後、衝撃が体を襲う。

 体当たりと共に床に押し倒されたセナの手から、救世主の剣が転がり落ちて床を滑っていった。

 何が起こったかわからず呆然とする潤んだ赤い瞳を、突然の乱入者は強く睨み下ろした。愛らしい顔立ちを怒りに染め、艶めいた紫の瞳で咎めるように。

「何してるんだよ!?」

「キー、ズ……?」

 今までの夢ではありえなかった展開に、思考が追いつかない。

 魔王を倒しきれなかった夢など、今までにあっただろうか?
 ……いや、ない。

 救世主が、魔王を仕留めそこなうなど、あるはずがない。

「部屋から出て行くのを見かけたから、慌てて追いかけたんだけど……正解だったよ!」

 そう吐き捨てながら立ち上がり、飛ばされた剣を手にする魔物の言葉を、セナは床に倒れたまま遠くで聞いていた。

 ランプに照らされて薄暗い、見覚えのない部屋の天井。

 視線を横に移すと目に入るのは、ベッドに寝かされた魔王。

 ゆっくりと上半身を起こして視線を巡らせば、救世主の剣を手にした魔物が此方を睨みつけている。

 座り込んだ自分はローブ一枚身に纏った姿で、足に当たる床は冷たく、叩き伏せられ、床に衝突した体の一部がジンジンと痛む。

「……夢……じゃない……?」

 声に出すと、それは妙に頭の中で明朗に響き、夢現だった意識が一気に覚醒する。

 同時に、体が絶望と恐怖に震えだす。

 今しがた、己の為そうとした行為が、どれ程恐ろしいことか。

「何寝ぼけたこと言ってんだよ!
 ふざけないでよ。こっちがどれだけ肝を冷やしたか……救世主?」

 収まらない怒りのままに飛ばされる文句は、セナの耳に入らなかった。

 それどころではなかった。

「…………ッ」

 悲鳴を押し殺すので、必死だった。


 体を奪われた。剣に。

 何故だ。いつも、自我を保つように意識していたのに。


 セナは、眠る前の己の状態を思い出す。

 会いたくて、会いたくて、願った。

 確かに、剣に願った。


「…………違う……」


 自分が望んだのは、こんな結末じゃない。

 こんな、意識もない状態の、魔王を……セナドールを殺す事など望んでいない。

 たとえ使命でも。

 大切な人を失うのに、こんな、こんなあっさりと、あっけなく、想いを残したまま居られるわけがない。


 俯いたまま、セナはその瞳から滴を落とす。

 それは、痛いほど沈黙した部屋の中で、それはパタパタと音を立てて床を打った。


  
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