魔王と救世主 - 8-4

「……ちょっと、救世主? 大丈夫?」

 初めて見る救世主の感情的な涙に戸惑い、焦り、キーズは慌てて駆け寄り声を掛ける。

 屈んで覗き込んできた魔物が手にした剣を見て、セナは言いようの無い恐怖と不安を覚え、体を強張らせて震える声を絞り出した。

「……キーズ……」

「何?」

「俺を、牢へ入れてくれ」

「…………何だよ、突然……」

 申し出に、キーズは狼狽する。

 確かに、今救世主が為そうとした行為は、魔物から見れば万死に値する。

 この場で処刑されてもおかしくない程の、重罪行為だ。

 だが、このまま即座に殺してしまうと、後々問題になるのは間違いない。それほど、この青年は、魔王に溺愛されている。

 せいぜい彼にできる処罰は、牢に入れるくらいだろう。しかし、それすら、魔王に知れたら怒りを買うことは容易に想像できる。

 結局、今、キーズに出来るのは、剣と彼を引き離すことぐらいだろうと思っていたのだが。


 だが、しかし。

 本人から、牢に入ると言い出すとは、思ってもみなかった。


「……魔王様に怒られるの、僕なんだけど?」

「いつまた、こんな状況になるか判らない。手遅れになる前に、俺を、魔王から離してくれ」

「部屋に、鍵かけようか?」

 そうすれば、自由に部屋から出ることは出来なくなる。

 だが、セナは頑なに首を左右に振り、投獄を望んだ。

「……牢に、入れてくれ」

 もう、あの部屋には戻れない。戻りたくない。

 思い出してしまう。幸せな生活を。あの、温もりを。

 いっそ、冷たい牢で、身も心も凍らせてしまいたかった。


 救世主の剣の意識が入り込む隙間も無いほど、冷たく、堅く。


「……わかったよ。ただし、魔王様への言い訳、考えてよね」

 救世主の思いつめた様子に、これ以上自分ではどうしようもないと悟ったキーズは、説得を諦め立ち上がる。

 怒られるのヤだよ、とぼやく魔物に、セナはいつものように、感情を殺した声で返した。

「俺が、自分から入ったと言えばいい」

 そのまま、ありのままを伝えればいい、と。

 当たり前といえば当たり前の、捻りの無い答えに、魔物は愛らしい顔を呆れの色に染めて、溜息と共に首を左右に振った。

「ついてきて」

「あぁ」

 刹那、眠る魔王に縋るような視線を向けた後、セナは部屋を出る。

 救世主が傍らに立つのを確認して、キーズは部屋の扉をしっかりと閉じた。

 そうして、罪人を従え魔物は長い廊下を歩き出す。

「鍵、取りに行かなきゃ」

 確認するように呟いた魔物の言葉は、誰に返事されることも無く、暗く静かな廊下にむなしく響いて溶けた。


  
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