魔王と救世主 - 8-5

 流石に獄中でローブ一枚は寒いだろうと、キーズは、道中寄った部屋で神父服を渡してきた。
 以前魔王が持ってきたものではなく、救世主が連れてこられた時に奪われたものだ。

 それに気づいたセナは、ホッと安堵の息を吐いた。

 今は出来る限り、魔王との幸せな日々を思い出すようなものを身に着けたくはない。

 促されるままに着替えた服は、長い間身につけ着慣れていたはずなのに、随分と肌に違和感を覚えた。以前魔王が持ってきた物より素材は劣るが、決して、悪い物ではないのに。

 気持ちの問題なのだろう、と想像しつつも確信は無く、セナは何とも言えない気持ちで、脱いだローブを魔物に返した。


 そして案内された地下牢は、転々とランプが付いているものの薄暗く、酷く寒く感じた。

 足音だけを響かせて、セナは無言のまま、開かれた檻の扉を潜る。

 湿った空気。
 最初に目に入るのは、椅子と机。その横には、むき出しの土の上に敷かれた敷布と、その上に畳まれた掛布。どちらも湿気て埃塗れなのは、確かめるまでも無いだろう。
 あとは、簡易トイレが設置されている。

 意外なことに、古びてはいるものの、生活するのに必要最低限と思われる簡易な設備は、整っていた。恐らく、長期拘束用の檻なのだろう。

「……魔王様が目覚めたら、教えてやるよ」

「あぁ」

 檻に鍵をかけ、親切にもそう残して、キーズは来た道を戻っていく。

 地上へと通じる扉を見張る魔物と彼が、何やら話す声が聞こえた気がしたが、良く聞き取ることはできなかった。

 軋む扉が閉まった音の後、地下牢に残されたのは、二つの息遣い。

 救世主のものと……先に捕らわれた勇者のもの。

「救世主様……?」

 窺うような、訝しげな声音の勇者の声に救世主は何の感慨も覚えず、ただ、声のしたほうを振り返った。

 今居る檻の向かいに、格子を握り此方を凝視する、懐かしい仲間の顔が見える。生きていたことを喜ばしいと思ったが、それ以上何の感激もない。

「久しぶりだな」

 淡々と、そう発しながら、救世主は目の前の勇者を観察する。

 食事はそれなりに出されているのだろう。憔悴から若干線が細くなった様に感じるが、健康には問題なさそうだ。

 剣は流石に奪われている。元々体格が良いので判り辛いが、鎧等の装備も外されているようだ。

「どうして此処に……」

「魔王を、仕留めそこなっただけだ」

 質問に感情も無く答えた救世主の言葉に、勇者が息を呑む。

 その驚きが、救世主が魔王を仕留めそこなった事に対するものなのか、セナが魔王を手に掛けようとした事に対するものなのか、判断はつかない。

 魔王を仕留めそこなったとなれば、その場で殺されてもおかしくない。それが、牢舎で済んだのは、剣の御加護としか言いようが無い。

「……ともあれ、ご無事で、何よりです」

 勇者は、その加護に感謝しながら、そう口にする。

「そうだな」

 感情の無い救世主は、ただそれだけ返し、後は会話を拒否するように口を噤んでしまった。


 仕留めそこなった魔王は、どうなったのか。

 救世主の剣は何処にあるのか。

 捕らわれている間、魔王との間に何があったのか。

 勇者を跳ね飛ばしてまで魔王を救った、救世主の……想いは何処にあるのか。


 勇者には聞きたいことが山ほどあったが、拒絶の雰囲気にのまれて口が開けない。

 結局、彼は救世主が現れるまでと同じように……いや、それ以上に悶々とした思いで、格子越しに敬愛する美しい青年を眺めることしかできなかった。


  
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