魔王と救世主 - 8-6

 窓はないが、まだ夜明け前だと体内時計で判断した二人は、やはり無言のまま、することも無く布団へと潜り込んだ。少しでも体を休ませておかないと、いざという時に動けなくなる。

 この時点で、煌々とつくランプが若干眩しいと感じるが、如何見ても手を伸ばして届く距離では無い。巡回の無い牢では消灯を要求することも出来ずに、結局諦めて瞼を閉じる。

 予想通り、湿って重く埃くさい布団。冷たいそれは酷く不快だったが、セナの痛む心にはちょうど良い湿布替わりになる気がした。

「お休みなさい、救世主様」

 遠くで聞こえる、勇者の声。

 余程焦がれているのだろう。一瞬、優しく愛しい男の声と被って、セナはグッと拳を握り締めて何かを堪える。

 この場に『彼』が居るはずは無いのだから。

 搾り出すように、いつの間にか止めていた息をゆっくりと吐いて、なんとか彼は返事を返した。

「おやすみ」

 一瞬、勇者が息を呑む音が聞こえ、救世主は布団の中、疑問を浮かべる。

 しかし、結局その理由に辿り着く前に、思考は暗い悪夢の底へと墜ちていった。


 いつものように告げた挨拶に、きちんとした返事があった。

 ごく当たり前の事だが、旅の道中、一度としてなかったことに、勇者は驚きを隠せない。

 眠気すら吹き飛ばすそれに、結局彼は寝付けずゆっくりと体を起こした。

 沈黙が支配する牢獄。

 向かいの檻で敬愛する救世主が寝ているはずだが、僅かな山となった布団から寝息は殆ど聞こえない。

 本当に、捕らわれている間、何があったのだろう。

 何故ローブ姿だったのか、あの何とも形容しがたい艶やかな救世主の雰囲気の理由など、一部理解しがたい部分はあった。
 だが、総合的に見て、悪い扱いを受けていなかったことは想像に難くない。

 認めたくは無いが、寵愛を受けていた、ということになるのだろう。

 そして、救世主もそれを甘んじて受けていた。

 最初はどうだったかわからないが、少なくとも、勇者が乗り込んだ時は、魔王を拒否する様子は見られなかった。

 咄嗟に魔王を守ったぐらいだ。好意を寄せている、という予想も、あながち外れではないかもしれない。


「……魔王……」

 小さな呟きが耳に届く。

 その声が泣いているように感じて、勇者はハッと視線を向けたが、布団の小山が少し動いただけで、目覚めた様子は無かった。


  
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