魔王と救世主 - 9-10

「助けて……助けてくれ……、……」

 覆いかぶさる男の腕を引き、背中に腕を回して抱き寄せながら、セナは救いを求める。

 己に幸せを与え、己を不幸にする元凶に、助けを求める。

「…………、……セナドール……」

 深い深い、深呼吸の後、漸く喉から流れ落ちた単語は、今度こそ、痞えることなく音になる。

 驚くほど、滑らかに、吐き出す呼気と一緒に。

 それが嬉しくて、だが言いようも無く悲しくて、セナは男の胸元を涙で濡らしながら顔を擦り付け、嗅ぎ慣れた懐かしい匂いで肺を、胸を満たす。


 道化は、世界の美しさを知ってしまった。

 愛される幸せを。愛する幸せを、覚えてしまった。

 もう、戻れない。何も無かった頃には、戻れない。


「……お前の、居ない世界、なんて……いらない……っ。
 お前が、居ないのに……幸せになんてなれない……!!」

 叩きつける様に、セナが叫ぶ。

 セナドールは、漸く求めた言葉を前にしても表情が晴れず、変わりに己の腕の中の温もりを、強く、強く、抱き締めた。

 叩き付けられた苦悩が、心を締め付けて痛い。

 だが、その痛みは、セナを責め立てていた先程のものとは違い、ほんの僅かな罪悪感と言いようの無い愛しさに満ち溢れていて。


 この存在が、愛しくて愛しくて、たまらない。


「……悪い」

 銀色の髪に顔を埋め、セナドールは、搾り出すように謝罪の言葉を口にする。

 心ごと抱き締めたいと、細い体に回した腕に更に力を込めて。

「……それでも、俺はお前を手放せない。
 苦しむお前を、見たくない」

 その苦しみの原因が、自分だとしても。

 笑っていて欲しい。自分の、前では。


 今この瞬間だけでも。

 苦痛など忘れ、ただ快楽と幸福だけを感じていて欲しい。

 不安の滲むものではなく、ただただ純粋な、子供のような幸福感を。


 無理だと分かっていて、望んだ。


「忘れさせてやるから……俺に、溺れろ」

 セナドールは固く腕の中の存在を抱き締めたまま、柔らかく溶かしたセナの体内に、己を宛がった。

 ビクリと震える体を無視して、ゆっくりと先を挿入する。

「……ぁ、ぅ、はっ……」

 体を強張らせ、息を詰めるセナの背を撫でながら、最後は一気に奥へと突き入れた。

 久々に感じる圧迫感。奥深くで繋がる、一体感。

「……ゃあ……あつ、ぃ……セナドール……ッ」

 ビクビクと中を卑猥に煽動させながら、セナがうわごとのように呟く。

 だが、熱いのはセナドールも同じだ。


 熱くて、熱くて。

 理性も本能も焼き切れて境界線をなくし何もかもがグズグズに溶けて交じり合って傷ついた心さえドロドロになって痛みを忘れただ愛する人と繋がっているという事実だけが己を構成して肌に触れるものが全てに変わる。


「……あ、ぁっ……セナドール……、……もっ、と……!」

 セナは苦しげに眉を寄せ、躊躇いがちに、それでも縋るように、己を侵食しようとする男の髪に指を絡めた。

 顔を合わせれば、視界いっぱいに広がる、赤い瞳。

 それは、安堵と喜びに彩られて、宝石のように美しくて。

「もっと? どうして欲しい、セナ?」

 低い囁きが、セナの最後の壁をドロドロに溶かした。

 最愛の男に、官能に歪みながらも壮絶な色気を放つ綺麗な笑みを見せて。

「……俺を……愛して、欲しい……」


 互いの事しか、考えられなくなるまで。


 熱を孕んだ要求は、口移しで、相手の咥内へと吸い込まれていった。


  
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