魔王と救世主 - 9-2
破裂音……否、扉を乱暴に開ける音は、狭い牢内で耳を劈くように大きく響き、勇者は思わず顔を顰める。
ちらりと格子越しに見た救世主は涼しい無表情だったが、閉じられていた瞼はしっかりと開き、扉へと続く階段のほうへと向けられていた。
階段の上から聞こえる、乱暴な足音。
その後ろから、足音の主を呼ぶ、悲鳴にも近いしゃがれた声が続く。しかし、しゃがれ声は再び乱暴に閉じられた扉によって、完全に遮断されてしまい、結局、乱暴な足音だけが地下へと降りてきた。
「……よかった」
小さな呟きが、救世主の檻から漏れる。
思わず勇者が振り返れば、そこにあるのは泣きそうな笑みを浮かべる、勇者の知らない救世主の顔。
「良かった?」
突然の来訪者は、怒りを隠さぬ声で呻くように返す。
殺気さえ滲むそれに勇者は戦慄を覚えたが、救世主は冷静な表情でそれを迎え入れ、椅子から立ち上がると正面から向かい合う。
彼の檻の前に立つ、金色の髪を持つ魔王と。
怒りに満ちた顔。セナが望んだ表情ではなかったが、そこには人間らしさが漂っている。
剣に意識を取られた魔王ではなく、魔王の核となった人間が、そこに居た。
「……お前が、無事で、良かった」
こうして、再び合間見えることができた喜びは、きっと、セナにしかわからない。
剣の誘惑に打ち勝ち、この時を迎えた喜びを。
きっと、目の前の魔王ですら、それを知ることは無い。
「俺は、お前を牢に入れろと命令した覚えは無い」
身を案じるセナの言葉を受けても怒り収まらず、低い声で魔王が言う。
救世主はぶつけられた言葉に、喜びの感情を押し殺し、表情を消して淡々と返した。
「……俺が、自分から来た」
そうだ。馴れ合うわけにはいかない。これから使命を果たさなければならないのだから。
怒らせた方が、きっと、殺りやすい。
そう自分に言い聞かせ、救世主は心を引き締める。
冷たい赤い瞳と、情熱的な赤い瞳が交錯する。
感情の一片も見せまいとする救世主の頑なな瞳に、魔王がとうとう沸点を超えた。
魔王の剣に手が伸び、黒い刃が牢の中、ランプの光を鈍く反射する。
「救世主様!」
響く勇者の悲鳴。ガラリと重い鉄が床を転がる音。
続いて、二つ、三つ響いた、荒い足音。そして、魔王が救世主の胸倉を掴む衣擦れの音。
「俺の傍から、勝手に離れるな」
唇が触れ合うほどの間近で、魔王が救世主に凄む。
真剣なその瞳を避けるように目を逸らすと、セナは胸座を掴む男の手を、小気味良い音と共に叩き払った。
「……俺は、救世主だ……お前に、命令される謂れは、無い」
堅い声で、搾り出すように。
尤もな言葉。だが、それは、一度は心通わせた相手に告げるべき言葉ではないことは、セナもわかっていた。
それを言われた彼が、傷つくであろうことも。
魔王は一瞬だけ、眉を寄せて苦しげな顔を見せた後、救世主の腕を掴むと傍らの布団の上に転がした。
そして、抵抗される前に、力ずくでその上に圧し掛かり、押さえつける。
「お前が、誰のものか、もう一度教えてやる」
そう囁いた魔王の顔は、傷ついた子供のように、酷く歪んでいた。
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