魔王と救世主 - 9-6

「救世主様!」

 熱を帯びた脳髄に冷たく刺さる、勇者の声。

 一瞬で我に返った救世主は、男の肩に添えた手に力を込め、押し上げる。

 尤も、全身で抑えてくる魔王はビクともしなかったが。

「……離せ、魔王……ッ!」

「強情だな」

 アレが悪いのか。呟いた魔王は、喚く救世主からふっと体を離すと、足早に勇者の檻へと向かう。

 急に解放され、熱を失った細い体が寂しげに震える。それに気付かない振りをし、救世主は魔王が何をするのかと、上半身を起こして見守った。

「……魔王……貴様……ッ」

 ぎり、と奥歯を噛み締め、殺さんばかりの怒気を孕んだ視線で睨みつける勇者。魔王はそれを赤く冷たい瞳で受け止め、檻の隙間から手を差し込み、勇者の太い喉を掴んだ。

 決して大柄とは言えない青年が、一回りも二周りも大きな男の喉を締め上げる様子は、いっそ清々しいほど珍妙だ。

「……う、ぐ……」

「魔王!止めろ!」

 その様子を呆然と見ていた救世主は、仲間の苦しげな呻き声に悲鳴に近い声を上げて制止する。

 魔王はそれを一瞥すると、再び勇者に視線を向けた。ゾッとするほど、冷たい瞳で。

「飼い犬は、静かにしていろ」

 低く呟くと、掴んだ首から手を離す。

 急に気管が解放され、大量の酸素を求めて咳き込むように息を吸い込んだ勇者は、己の喉の異変に青ざめた。

 声が、出ない。

 何をしたのか、魔王に詰め寄ろうとした勇者は、今度は微動だにしない己の体に驚愕した。

 疲労、とは違う。腰が抜けたような、神経が急に仕事を拒否したような、何とも言えない脱力感。立ち上がるどころか、腕一本、指一本動かせない。

 ただ、床にへたりと座り込み、檻越しに金髪の魔王を睨み上げるぐらいしかできなかった。

 それすら、全身の力を込めて、やっと、というところだ。

「これで、静かになっただろう?」

 優位に立った者の笑みを浮かべて魔王はそれを見下ろし、それ以上用は無いと言わんばかりに身を翻すと、布団に座り込んだままの救世主の下へと戻る。

「安心しろ、殺したわけじゃない。邪魔出来なくしただけだ」

 近寄る男を見上げる瞳に不安げな色を浮かべる救世主に、魔王は優しく諭すように嗤う。

 そして、先程の続きと言わんばかりに、中途半端に衣服を脱がされた細い体を押し倒した。


  
 戻る