Another Ending - 2

 自室に向かう途中、太陽の光が降りそそぐ中庭を横目に、廊下を抜ける。

 昔、良く来た中庭。

 緑が心を優しく撫で、花の香りが眠気を誘った。木陰で昼寝をすると、とても気持ちが良くて。


 そして、いつも、『彼』が笑いながら迎えに来てくれた。


 トクリと脈打ち中庭へ手を伸ばそうとする心に自制という剣を突き立て、俺は振り切るように足を速めて自室へと向かった。

 切り刻まれてボロボロの心は、もはや一滴の血すら流さず、再び沈黙し動かなくなる。


 思い出したところで、『彼』は戻ってこない。

 『彼』がいた頃には、もう、戻れない。


 自室に戻った俺は、湯浴みの後、味気ない夕食を一人口にし、再び白いローブ一枚の姿に着替えて、窓の外を眺める。

 このまま、暗くなって眠ってしまえば、一日が終わる。

 人間の王となった救世主の一日が。


 そして、夢を見るのだ。

 幸せな、夢を。


 金髪の青年と、向かい合って、語り合って、手を握り合って、抱き合って、笑い合って。

 苦しいほどの幸せの中で、涙を流して。


 窓の外から見える、徐々に傾く太陽の光。だが、月の気配はない。


 朔月。魔物が最も凶暴になる夜。

 魔王のいなくなった今、被害は以前よりずっと減った。魔物の数も徐々に減りつつあるし、力も弱くなっている。

 この世界は今、人間が支配しているのだ。


「…………」

 俺は、静かに窓から離れ、部屋を後にする。

 途中、すれ違う城内の人間に奇異の目を向けられたが、黙殺する。

 もしかしたら、勇者の耳に入るかもしれない。だが、そんなことは些細なことだ。


 気が触れそうなほど、長い長い螺旋階段を上る。

 縋るものなど何も無い。ただ、己の足だけで、一歩一歩踏みしめて歩くしかない。


 あの時のように。

 邪魔するものは、凍り付いてなお、使命に抗おうとする己の感情だけだった。


「…………」

 たどり着いた城の見張り塔には、誰もいなかった。

 見張りを置いていない、見張り塔。

 全ての始まりの場所。そして、全ての終わりの場所。


 赤く染まる世界。
 全てを、何もかもを、赤く染めて、ただ、静かに。


 塔の端、柵に手を掛ける。

 薄暗かった森は切り開かれ、家々が建てられ、昔の面影など殆ど無い。

 それでも、世界は平等に存在している。美しく、見守るように。

 生きとし生けるもの、全てを。


 だが、死んだ者は、そこに存在しない。


「……、……」

 突風にあおられて、銀糸が乱れ舞う。

 耳を叩く風音の中に懐かしい声を聞き、思わず振り返った。

「…………」

 誰もいない。

 だが、瞼を閉じれば、そこに居る。

 瞼の裏に、確かに、『彼』を見る。


  
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